無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~

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 無能。
 それは、役に立たないこと。能力や才能がないこと。またそのさまやその人。
 対義語は有能。

 使用例:魔力が誰よりも豊富にあるのにそれを全く制御できない無能な第一王女アーシュラ・ウィストリア

 ウィストリア王国では高位貴族や王族は基本的に魔力量が多く、魔法が使える。
 魔法の行使に必要なのは杖で、子供のうちから魔力があると判明した場合は自分に合う杖を探すのだ。杖を所持していても、より自分に合う杖を生涯探し続ける人もいる。

 私だって憧れていた。自分だけの杖を持つことに。
 父も母もキラキラした綺麗な杖を持っていた。一度に持つ杖は一本だが、その種類は身長くらいある長いものから手のひらくらいしかない実用的なサイズまでいろいろだ。

 私は類まれなほど豊富な魔力量を生まれた時から持っていたにもかかわらず、王国中からどんな杖を集めても魔法を使えなかった無能な第一王女。

 魔力がない無能の方がまだ良かった。ないならないで私も周囲も諦めがついたのに。
 無駄に王族として生まれてしまったのも良くなかった。両親つまり国王と王妃は、私のあまりに豊富な魔力量に期待し魔法が使えないのはなぜかと王国中の名医に診せ、職人を呼んであらゆる杖を作らせた。

 そうまでしても私は魔法が扱えなかった。原因は不明。そして期待された分、失望も大きかった。


 目覚めると、嫌な汗をかいていた。
 さっきまで私はパーティー会場にいたはずだ。魔物退治から帰ってきた慰労パーティーで毒を盛られて倒れた。

 普段の私ならどんな毒にも倒れることはない。でも、魔力量が少なくなっていると強力な毒を盛られたら治癒が間に合わない。

 この体に巡る豊富な魔力で傷も毒も勝手に治る。傷つけられても瞬時に治癒し、毒だって勝手に解毒する。
命の危険を感じれば魔力が暴走して暗殺者はいつの間にか死んでいるし、軍勢や魔物に囲まれようものなら敵味方関係なく焼き尽くしてしまう。

 水が欲しい時に一滴の水を出すこともできず、寒い時に火を起こすこともできないのに、自分に命の危険がある時だけ魔法が行使されるのだ。私の意志に関係なく。

 暗い部屋の天井に向かって手を伸ばす。
 腕に見覚えのあるブレスレットを見つけ、反射のようにすぐに引きちぎって床に投げた。

 投げてから我に返り、起き上がってブレスレットを拾う。
 呼吸が速くなるのが自分でも分かるが、暗い部屋でブレスレットを触って眺めて確かめて安心した。
 大丈夫、あの石はついていない。違うブレスレットだ。だから大丈夫。

 あぁ、でも……あの石がまだついていないということは……。

「また、巻き戻ったわけね……」

 そう私はこれまで三度死んで、今回は四度目の巻き戻り。
 四度目の人生ともなると、何の嬉しさもない。
 前回までは良かった。「私は今度こそ無能な第一王女ではない人生を歩むんだ」と少しだけでも思えたから。

 でも、今回は最初から諦めて絶望している。
 どうせ明日はまた魔物退治に駆り出されるのだ。巻き戻るといつもこのタイミングだ。

 明日はイスロ地方という場所に行かされて、私は一人で魔物の出現区域に放り込まれる。他国との戦争なら前線に出される。
 無能な第一王女なら死んでもどうでもいいからだ。
 騎士たちと魔法使いたちは私が死んだら出てくるように温存されている。でも私は死なない。私の生命の危機に瀕して魔力が暴走し、魔物と人間は焼き尽くされるから。

 魔物の息遣い、近付いてくる足音、飛んでくる矢。
 何度も戦場に放り込まれても慣れることはない。
 私は三度の人生で不思議と一度も戦場で死んだことはない。でも、全部の人生で私は殺されている。

 そう、私の実の妹に。
 第二王女リリアナに。


 翌日はイスロ地方に行くようになっていた。
 やっぱり私は人生を繰り返している。無能で無意味な自分の人生を。

 その事実に、まだ馬車に乗ったわけでもないのに吐き気がした。
 正直、もう死んだままでいたい。やり直しなんてもうしたくない。
 前回までは良かった。人生をやり直したい・やり直せるんだと希望があったから。今回は完全に完璧に諦めた。

 動きやすい騎士服に着替えさせられた私は馬車に乗る。誰にも強制されずに馬車に自分の足で乗り込んだけれど、家族は誰も見送りには来ない。「魔法が使えない無能なんだからこのくらい役に立て」ということだろう。自分で行動しているようで、私は相変わらずすべての行動を強制されている気がした。

「アーシュラ殿下」

 馬車の扉が閉まって、これから魔物のひしめく地獄に連れて行かれるのだろうと考えていると外から誰かが私を呼んだ。
 銀色の髪をした護衛騎士のダグラスがやや戸惑ったように馬車の外に立っている。

「あの本日は……?」
「あぁ、眠りたいから今日は同乗しなくていいわ。振り回して悪いわね」

 前線や魔物退治に行かされる時はいつも幼馴染で騎士のダグラスに同乗を願っていた。馬車に乗る前に必ずダグラスを呼んでいたから、何も言わなかった今日は不思議に思ったのだろう。

「はい、失礼しました」

 ダグラスは去ろうとして私の腕にブレスレットがないのに気付き、思わずといった風に立ち止まった。

「昨日壊れちゃったの」

 うっかり、彼の前では癖で少しばかり幼い口調になる。
 あのブレスレットは彼が私の十六歳の誕生日にくれたものだ。騎士になって初めての給金で買ってくれたもの。昨日までは確実に私の宝物だった。

「では、新しいものを贈ります」
「いいわ。ちゃんと修理するし、せっかくの贈り物がまた壊れてしまったから悲しいから」

 ダグラスは頭を下げて去っていく。
 ゆっくりと馬車の扉が閉まった。

「裏切者」

 諦めているはずなのに、口にせずにはいられなかった。今すぐ床や地面に体を投げ出して「やり直しなんていいからもう私を殺して! 目覚めさせないで!」と叫びたいのに。

 三度目に死んだのは、昨晩引きちぎったのとは違うダグラスがくれた新しいブレスレットのせいだ。あのブレスレットには私の目の色と同じルビーがついていた。死ぬ直前まで気付かなかったが、あのルビーに魔力を吸われていたのだ。そうでなければ、私があのくらい残った魔力量で毒を盛られて死ぬはずがない。死に瀕してやっと気付いた、少しずつ魔力を吸うあの宝石に。

 ダグラスが知っていてブレスレットを贈ったのかどうかは分からない。
 でも、幼馴染でよく一緒にいた相手からそんなものを渡されたとあれば疑うより他ない。妹のリリアナは見目の良いダグラスを自分の騎士に欲しがっていたから。
 案外「裏切者」という言葉はそぐわないかもしれない。だって、ダグラスは私が魔法を使えないと分かる前から幼馴染で、態度に出さないだけで今は嫌々私の護衛をしているのかもしれないのだから。

 四度目ともなると、嫌なことばかり考える。
 一度目は魔物退治で魔力が枯渇した時に毒を盛られた。二度目も同じく魔力暴走で魔力が枯渇したところで暗殺者に殺された。だから三度目の人生では魔力枯渇に注意していたのに、ブレスレットに仕組まれていた。三度そしてこの四度目にも共通しているのは、私は結局魔法を意のままに使うことができない無能ということ。

 第二王女リリアナが珍しい治癒魔法を使えると分かってから、私は第一王女で魔力が豊富だけれども存在しないようなものだった。
 でも、魔法がいつか突然使えるようになるかもしれないという一縷の望みはかけられて魔法の家庭教師はついていた。その家庭教師に虐待紛いの教育を受けて命の危機を感じた時に、私は魔法が全く意に沿わない形で使えたのだ。
 私に激しく鞭を打とうとした家庭教師は丸焦げになったのだ。水魔法が使える侍女がいたので何とか一命はとりとめたが、治癒魔法を使ってもまだ火傷の跡は残っているんだとか。

 皮肉にも丸焦げになった家庭教師は、私が意に沿わない形で魔法を行使できることとその威力を知らしめた。

 それから私は魔物退治や前線にこうやって放り込まれている。
 これが無能な第一王女アーシュラ・ウィストリアの使い方。
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