無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~

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 イスロ地方の魔物が出現した森に到着して、私は一人で森に入らされた。他の騎士や魔法使いたちは私の魔力暴走が終わるまでは森の外で待機する。
 いつもの光景、当たり前のことだ。これが第二王女リリアナならとんでもない数の護衛が一緒だろう。リリアナが魔物討伐に行くことなんてあり得ないけれども。

 ちょっとやそっとのことで傷もつかず死なない私は一人で十分なのだ。そもそも護衛がついてきたら魔力暴走で彼らが死ぬかもしれなくて大変だから。

 待機組の姿が見えなくなるところまで歩いてから、私はしゃがみこんだ。
 しゃがんでいるのも疲れてきて、とうとう地面に手足を投げ出して寝転がる。

「このままどこかへ逃げようか。また死んで昨日に戻るのも嫌だし」

 いや待てよ。私が命の危機を感じなければ、魔力暴走は起きずにこの森で魔物に食われて死ぬだろうか。
 でも、痛いのは嫌だ。それに即死でなければ傷なんてすぐ塞がるので、延々と魔物に食われなければいけない。それも嫌だ、なんて面倒な体質なのだろう。

「いっそ魔力なんてない方が良かったのに」

 仰向けに寝ていると上空をカラスが飛んでいく。それを目で追った。

「こんなに空って綺麗だったのね」

 皮肉だ。
 やり直そうと必死だった三度目の人生まではこのように空を見上げる時間もなかった。歯を食いしばって魔法をなんとか意のままに使えないか模索し、魔力が枯渇しないように自分の状態に神経を張りつめ、ダグラス以外の誰も信用できなかった。
 今となってはバカなことしかしていない。

 雲がほとんどない空は青い。でも、ダグラスの目もこんな風に青かったと思い出してうんざりして起き上がった。ダグラスは銀髪・青目で容姿端麗な公爵家の次男だ。
 きっと家から言い含められていたんだろう。私かリリアナのどちらかが女王になるから、どちらに転んでも王配になれるように幼少期から私の側にいたのだ。いざという時は無能な私を裏切ってリリアナ側にいけばいいし。

「もう、ダグラスなんてどうでもいいわ」

 幼馴染でずっと側にいた男性がダグラスだったから無条件に信頼して依存してしまった。
 普通の神経を持っているなら、こんな森に一人で誰かを入らせない。どうでもいい人だったら入らせるんだろうけど。私は彼からもらったブレスレットを肌身離さずつけているほど好きだったけれど、ダグラスにとってはどうせ死なないどうでもいい、楽な護衛対象くらいの存在だったのだろう。

 バカみたいだ。なぜ、ダグラスだけは私のことを愛してくれるなんて思っていたのか。婚約もせず、何の口約束もしていないのに。ちょっと邪険にされないだけで舞い上がって信用してバカみたい。

 だめだ、心がずっとささくれている。
 無能なんて生きている価値がない。無能な王族なんだから命くらい張って魔物を倒してこい。家族にそう言われたではないか。

「もう全部燃えちゃえばいいのに」

 急に世界が明るくなる。
 昼間だから明るいはずなのに、さらに明るく。何事かと見回すと私の周囲の木々が大きく燃えていた。

「え? なんで? 魔力暴走なんてしてないのに」

 魔力暴走はもっと体内で魔力が暴れる。その激しさに私も倒れるほどだ。でも、今はそれがない。

「誰かいるの⁉」

 そう叫ぶと、大きな魔物が一体出てきた。ブラッドウルフと呼ばれる大きな個体で、人間を殺すどころかバリバリ食べる類の凶暴な魔物だ。

 ブラッドウルフが私の方にヨダレを垂らしながら襲い掛かってくる。

「っこないで!」

 ブラッドウルフは何かに弾かれたように吹き飛んだ。私はまたも何が起きたのか分からずに混乱する。
 周囲に誰かいるわけでもない。魔法使いが隠れて私を守ってくれているわけはないし、私が魔力ナシでも使える魔法アイテムを持っているわけでもない。

 もしかして、私は今魔法を使っているのだろうか。いや、あり得ないそんなこと。

 グルルという唸り声がして、ブラッドウルフが起き上がっていた。その後ろからさらなるブラッドウルフも現れている。元々群れで行動するタイプの魔物だ、一体いたら近くに十体はいると思わなければいけなかった。

「とっ、止まれ!」

 一縷の望みをかけて、私は叫んだ。
 ブラッドウルフたちは口を開けて足を上げたままピタリと止まる。
 私は信じられない思いで言葉にしたように停止したブラッドウルフたちに恐る恐る近付いて触った。触ってもそれらが動き出すことはない。

 杖でずっと訓練してきたのに。まさか、私の魔法は杖では発動しなかったの? でも、この国で魔法を扱える人達は全員杖を持って魔法を使っているのに。杖を奪われたら魔法を使えない。

 二体のブラッドウルフを止めたはいいが、どうしようかと思っていると茂みから五体ほどまた飛び出してきた。

「眠れ!」

 そう叫ぶと、五体のブラッドウルフたちはすぐに地面に倒れていびきをかき始める。

「え、凄い……!」

 私が発した言葉の通りになる。
 相変わらず燃え続けている木のことを忘れていたので、慌てて消火する。木にも魔物にも言葉の通りになった。

 その後は遭遇するあらゆる魔物に言葉を投げかけ、その通りになることが分かった。もちろん魔力は使っているが、魔力暴走のような減り方はしない。
 歩ける範囲に魔物がいないことを確認して、私はまた土の上に大の字になった。

「あははっ」

 本当に皮肉だ。諦めきって死にたいと思ったら、魔法がやっと使えるようになるなんて。しかも、こんな魔法の使い方聞いたことがない。だって使う魔法のイメージをして、それから杖を振るはずだから。しかも魔法の中にも自分との相性があり、イメージしても使えないものもあるらしい。そして難易度も当然ある。最も難しいのはリリアナが使える治癒魔法だ。

 私はひとしきり笑って、はぁはぁと荒い息を整える。
 息が整ったくらいで、地面に伝わる足音が聞こえた。待機組が火が消えたのを見て魔力暴走が終わったと判断して森の中に入ってきたのだろう。

 私はいつも魔力暴走を起こして気絶してから回収されるので、こういう場面に立ち会ったことはない。

 気絶したフリをして彼らがどんな会話をするか聞いてみようか。
 いや、もうそんな細かいことはいいか。人になんと言われているかなんてこれまでの三度の人生で嫌というほど聞いてきた。

 私はすくっと立ち上がって、待機組が来るのを待った。

「……アーシュラ殿下!」

 最初に私を見つけて駆け寄ってきたのはダグラスだった。ダグラスの後ろで他の騎士たちや魔法使いたちは私が気絶していないことと、森が想像よりも焼けていないことに驚いているようだ。

「終わったと思うわ。魔物は眠っていたり、動きが止まっていたりするだけだから素材が欲しければすぐに殺して頂戴」

 いつもの私なら魔力を暴走させ、森のほとんどを焼き尽くし魔物も大体骨だけになっている。だから、無能王女と舐められていた前の人生ではよくグチグチ言われた。「骨だけにするから素材が全く採れない。こんなところまで無能だ」「森の再生に時間がかかる」と。

「殿下は大丈夫なのですか? ふらついたり、めまいがあったりなどは?」
「ないわ」

 いつもとあまりに違う私の様子に、ダグラスが心配してくれている。私は笑いそうになる口元に力を込めた。
 このままではうっかり喋ってしまいそうだ。「私、魔法が使えるようになったみたい!」と。

 でも、頭の中の妙に冷静な部分がストップをかけた。
 杖を奪われたら魔法使いが役に立たないのと同じように、私は声を奪われたら魔法を使えないんじゃないか、と。声を奪われたら私はまたただの魔力量だけ豊富な無能に戻る。

「殿下?」
「なんでもないわ。魔力量が少なくなって頭が働かないみたい」

 ダグラスが手を差し出してくれるが、私はそれを断った。

「新鮮な空気を吸いながら戻るわ」

 誰にも見られない場所でまだ実験する必要はありそうだ。死にたいと希ったことを一旦脇に置いて、私は焦げた臭いがする森の香りを歩きながら吸い込んだ。
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