無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~
3
すぐに別の場所で魔物が発生したため、イスロ地方の件からそれほど間を置かずに完全に一人になることができた。
魔力暴走があるので、私は一人で離宮に住んでいる。何せ暴走すればいろんなものを焼き尽くすのだ。城の一室に住んでいた時は暗殺者騒動で何度かボヤを起こした。
昼間はよそよそしく世話する使用人がいるが、夜は騎士が巡回しているもののほぼ一人である。
私の側にいくら人がいないといっても、城ではどこから誰が見ているか分からない。だから、魔物退治で一人になれるのは幸運だった。
「やっぱり、発した言葉の通りね」
地面にぺたんこになり「潰れろ」の言葉通りに潰れた魔物を見ながら、今度は飛行型の魔物に向かって「落ちろ」と言ってみる。そうするとその魔物は急に制御を失って地面に落下したのだ。
「でも、あの飛行型の魔物まで私の声が届いていたとは考えにくいわね」
対象に声が届いたから魔法が使えるというわけではなさそうだ。
でも、声に出したことは百発百中だ。試しに持っていた杖を振ってみたが何も起きなかった。杖を振りながら声に出すと大丈夫なのだが。それなら杖は必要ない。杖を取り出して振るという動作自体が無駄である。
私は待機組が来るまでしばらく大岩に腰掛けて思案する。
イスロ地方の時は魔法が使えて混乱したものの、嬉しかった。でも、今はまた悩んでいる。魔法が使えるようになったら私は無能ではなくなって人生はバラ色だと思っていた。でも、よく考えたら私は無能な状態で三度リリアナに殺されているのだ。
あれはリリアナが確実に女王になるためだろう。私は魔力量の多さと魔力暴走を起こす可能性が高いことから他国に嫁ぐこともない。それに、繰り返してきた人生の中で気付かなかったことだが魔物退治や小競り合いの前線に出ている私を支持する人々もいたわけだ。
魔法が使えるようになったとバレるのはマズい。発動条件だってバレてはいけない。魔力が枯渇した状態なら私はどのみち毒を盛られたり、暗殺者に狙われたりして死んでしまう。
やって来た待機組に気絶していないことをまたも驚かれながら来た道を戻る。
「殿下は最近、魔力暴走の後で気絶されませんね」
「体が魔力暴走に慣れてきたのかもね」
後ろからついてきたダグラスが気遣わしそうに聞いてきたので、適当に答えた。
「良かったです。いつも魔力暴走の後で殿下をお運びする時、顔色も真っ青で生きているのか疑わしかったので……」
でも、あなたは一緒に前線に行ってくれないじゃない。それに前の人生では魔力を吸うブレスレットを贈ってきて私の死の原因を作ったじゃない。
そう言いたくなるのを耐える。
ダグラスだけが悪いわけじゃない。ブレスレットのことを見抜けなかったのは愚かな私。
「いつもありがとう」
すべての怒りを心の中に引っ込め、ムカムカしながらも私はダグラスに微笑んだ。彼は数歩後ろで頷き、そっと頭を下げる。
変なの、諦めきっていた私にまだ怒りがあるなんて。私は死にたいと希いながらみっともなく人生にしがみついているのだろうか。だから、逃げずに人間兵器みたいな扱いの王女をやっているのか。
魔法を使えるようになっても、結局私は自分が大嫌いだった。
何度かの魔物退治の後で、慰労パーティーが開かれる。
私ではなく、騎士・魔法使いたちをねぎらうためだ。私も一応参加はさせられるが、いつもバカにされた視線を向けられるのが嫌で中座していた。
今日も目に合わせたような赤いドレスで私はパーティーに参加している。仕方ない、私は目立つ赤のドレスは嫌いなのだが勝手にこれを着ろと母から届くのだ。無能にドレスを選ぶ権利はないらしい。私はこういう扱いが当たり前だと思って今まで過ごしてきた。
大して何もしていない、同行して素材を集めるだけの騎士たちと魔法使いたちがねぎらわれるのをぼんやり見ていた。無能だと罵って私を上手く使っているつもりなのだろう。
「お姉さま!」
耳障りな声に振り返りながら、嫌な記憶が蘇る。「邪魔なのよ。いい加減に早く死んでよ、無能なお姉さま」という一度目の人生の終わりに聞いた妹の言葉。
妹である第二王女リリアナは嬉しそうに、赤ワインの入ったグラスを持って私の方にいそいそと早足で向かってくるところだった。
そうだ、妹はこういう人間だった。自分の可愛らしい容姿を存分に活かし、心配するフリをして私をあの手この手で貶め自分が上に行こうとする。ついでに言えば、私は赤ワインなんて好んでいない。
「あっ」
妹は繰り返してきた人生と同じように、完璧な躓いた演技をして私のドレスに赤ワインをかけた。赤いドレスに赤ワインをかけてもあまり意味はないが、残念ながら今日のドレスには私の髪色のような金の刺繍がところどころ使われていた。
「ごめんなさい、お姉さま。お姉さまはお疲れだろうから飲み物をと思って……」
吐き気がしそうなほど白々しい演技だ。
国王と王妃の間には私と妹しか子供がいない。つまり王女二人だ。どちらかが女王になる。そしてまだどちらも婚約者を決めていないので、こういったパーティーで私たち王女をエスコートする男性はいない。
エスコートをしていたら王配だといっているようなものだ。だから今日は私の側にダグラスもいない。
次期国王・女王の指名は慣例によりその人物が十六歳からだ。私はもう十七だが、リリアナは十五。まだ指名できないのだろう。あるいは、ほとんど可能性はないが私と妹とで迷っているのか。十六歳を過ぎてから国王・王妃そして投票権のある貴族たちによって指名されることもあるのだから。
いつものように諦めて「大丈夫よ、疲れているからもう失礼するわ」と妹に口にしようとして、はたと気付く。
私は杖なしで魔法が使える。このパーティー会場で魔法を使うのはご法度だが、無能な第一王女なのだ。私が魔力暴走以外で魔法を使えるなんて誰も考えない。
つまり、私はここで妹リリアナをいつでも殺せる。口を開いて何か言えば。
思わず口角が上がった。
「お姉さま?」
思ったような反応を見せない私に妹は床に座り込んだままの姿勢で問うてくる。
ちょっと我に返って考える。この妹を私は殺したいのだろうか。三度私を殺した妹を。一瞬で殺すのはもったいないのではないか。いや、そもそも妹に殺すような価値があるのか。
分からない。自分の心が分からない。悔しいのか、復讐したいのか、それとも逃げたいのか。
私は妹に微笑む。妹はそれで安心したようだ。私がどうせ許して、疲れているからと中座するだろうと。この妹にさえ舐め切られた態度。
気持ちを整理するのは一旦置いておく。今は少しやり返そう。
私は歩を進めると、妹の後ろに控えていた妹付きの侍女の前まで行った。私にそんなものはいないが妹にはいる。
私は微笑んだまま、妹付きの侍女の頬を打った。乾いた音がした。
「あなた、何をしているの」
「お姉さま! 何を!」
「妹がいつまでも床に座っているのをなぜ傍観しているの。それに、飲み物を持ったまま走るのをなぜ止めないの」
妹は国王と王妃に可愛がられている。頭はあまり良くないようだが、治癒魔法も使えるし、何より無能な第一王女よりは好かれている。ちなみにずる賢い。ここで私が妹を叱ったら私が悪者だ。だから、私は敢えて妹付きの侍女を職務怠慢だと叱った。
「さぁ立って」
私は手を伸ばして妹を立たせる。私の行動が斜め上過ぎてポカンとしていたので、そのまま私に従った。
「じゃあ、私はドレスを汚されてしまったことだし失礼するわね。リリアナ、その侍女はあまり役に立たないんじゃない?」
妹と叩いた侍女にそう告げて、私はさっさとパーティー会場を後にする。今までのように俯かず、堂々と顔を上げて。
私が扉に向かっていくのと同時に貴族たちの囁きがさざめきのように広がっていく。
「無能な王女殿下だが……頭まで暗愚なわけではなさそうだ」
「ここ最近、魔力暴走も起こされないそうだな」
「だが、王族なのに魔法を使えないというのはな」
「リリアナ王女殿下はあの通り少し……だが、治癒魔法を使える」
そんな会話を小耳に挟みながら、私は治癒魔法を使えるか試していなかったことに気付いた。
視界の端にリリアナと仲の良い令嬢たちを見つける。
あの子たちはニキビだとか隈だとかをお茶会でリリアナに治癒してもらっていた。そうやってリリアナは同性の友人を作るのが上手い。私はお茶会など開いたことはないし、許可も出ない。
「戻れ」
扇で口元を隠しながらそっと彼女たちに向かって呟いた。ある令嬢の額にニキビが浮き出たのを見て笑いを耐え、騒がしい声と鬱陶しい視線の渦巻く会場から脱出した。
治癒魔法を試したいが、自分の傷は試す前に治っている。騎士団の訓練でも遠目で見ながら声に出してみればいいだろうか。
「っう……ぐっ」
離宮に一人で戻ろうとしている私の耳に苦しそうな声が届いた。
魔力暴走があるので、私は一人で離宮に住んでいる。何せ暴走すればいろんなものを焼き尽くすのだ。城の一室に住んでいた時は暗殺者騒動で何度かボヤを起こした。
昼間はよそよそしく世話する使用人がいるが、夜は騎士が巡回しているもののほぼ一人である。
私の側にいくら人がいないといっても、城ではどこから誰が見ているか分からない。だから、魔物退治で一人になれるのは幸運だった。
「やっぱり、発した言葉の通りね」
地面にぺたんこになり「潰れろ」の言葉通りに潰れた魔物を見ながら、今度は飛行型の魔物に向かって「落ちろ」と言ってみる。そうするとその魔物は急に制御を失って地面に落下したのだ。
「でも、あの飛行型の魔物まで私の声が届いていたとは考えにくいわね」
対象に声が届いたから魔法が使えるというわけではなさそうだ。
でも、声に出したことは百発百中だ。試しに持っていた杖を振ってみたが何も起きなかった。杖を振りながら声に出すと大丈夫なのだが。それなら杖は必要ない。杖を取り出して振るという動作自体が無駄である。
私は待機組が来るまでしばらく大岩に腰掛けて思案する。
イスロ地方の時は魔法が使えて混乱したものの、嬉しかった。でも、今はまた悩んでいる。魔法が使えるようになったら私は無能ではなくなって人生はバラ色だと思っていた。でも、よく考えたら私は無能な状態で三度リリアナに殺されているのだ。
あれはリリアナが確実に女王になるためだろう。私は魔力量の多さと魔力暴走を起こす可能性が高いことから他国に嫁ぐこともない。それに、繰り返してきた人生の中で気付かなかったことだが魔物退治や小競り合いの前線に出ている私を支持する人々もいたわけだ。
魔法が使えるようになったとバレるのはマズい。発動条件だってバレてはいけない。魔力が枯渇した状態なら私はどのみち毒を盛られたり、暗殺者に狙われたりして死んでしまう。
やって来た待機組に気絶していないことをまたも驚かれながら来た道を戻る。
「殿下は最近、魔力暴走の後で気絶されませんね」
「体が魔力暴走に慣れてきたのかもね」
後ろからついてきたダグラスが気遣わしそうに聞いてきたので、適当に答えた。
「良かったです。いつも魔力暴走の後で殿下をお運びする時、顔色も真っ青で生きているのか疑わしかったので……」
でも、あなたは一緒に前線に行ってくれないじゃない。それに前の人生では魔力を吸うブレスレットを贈ってきて私の死の原因を作ったじゃない。
そう言いたくなるのを耐える。
ダグラスだけが悪いわけじゃない。ブレスレットのことを見抜けなかったのは愚かな私。
「いつもありがとう」
すべての怒りを心の中に引っ込め、ムカムカしながらも私はダグラスに微笑んだ。彼は数歩後ろで頷き、そっと頭を下げる。
変なの、諦めきっていた私にまだ怒りがあるなんて。私は死にたいと希いながらみっともなく人生にしがみついているのだろうか。だから、逃げずに人間兵器みたいな扱いの王女をやっているのか。
魔法を使えるようになっても、結局私は自分が大嫌いだった。
何度かの魔物退治の後で、慰労パーティーが開かれる。
私ではなく、騎士・魔法使いたちをねぎらうためだ。私も一応参加はさせられるが、いつもバカにされた視線を向けられるのが嫌で中座していた。
今日も目に合わせたような赤いドレスで私はパーティーに参加している。仕方ない、私は目立つ赤のドレスは嫌いなのだが勝手にこれを着ろと母から届くのだ。無能にドレスを選ぶ権利はないらしい。私はこういう扱いが当たり前だと思って今まで過ごしてきた。
大して何もしていない、同行して素材を集めるだけの騎士たちと魔法使いたちがねぎらわれるのをぼんやり見ていた。無能だと罵って私を上手く使っているつもりなのだろう。
「お姉さま!」
耳障りな声に振り返りながら、嫌な記憶が蘇る。「邪魔なのよ。いい加減に早く死んでよ、無能なお姉さま」という一度目の人生の終わりに聞いた妹の言葉。
妹である第二王女リリアナは嬉しそうに、赤ワインの入ったグラスを持って私の方にいそいそと早足で向かってくるところだった。
そうだ、妹はこういう人間だった。自分の可愛らしい容姿を存分に活かし、心配するフリをして私をあの手この手で貶め自分が上に行こうとする。ついでに言えば、私は赤ワインなんて好んでいない。
「あっ」
妹は繰り返してきた人生と同じように、完璧な躓いた演技をして私のドレスに赤ワインをかけた。赤いドレスに赤ワインをかけてもあまり意味はないが、残念ながら今日のドレスには私の髪色のような金の刺繍がところどころ使われていた。
「ごめんなさい、お姉さま。お姉さまはお疲れだろうから飲み物をと思って……」
吐き気がしそうなほど白々しい演技だ。
国王と王妃の間には私と妹しか子供がいない。つまり王女二人だ。どちらかが女王になる。そしてまだどちらも婚約者を決めていないので、こういったパーティーで私たち王女をエスコートする男性はいない。
エスコートをしていたら王配だといっているようなものだ。だから今日は私の側にダグラスもいない。
次期国王・女王の指名は慣例によりその人物が十六歳からだ。私はもう十七だが、リリアナは十五。まだ指名できないのだろう。あるいは、ほとんど可能性はないが私と妹とで迷っているのか。十六歳を過ぎてから国王・王妃そして投票権のある貴族たちによって指名されることもあるのだから。
いつものように諦めて「大丈夫よ、疲れているからもう失礼するわ」と妹に口にしようとして、はたと気付く。
私は杖なしで魔法が使える。このパーティー会場で魔法を使うのはご法度だが、無能な第一王女なのだ。私が魔力暴走以外で魔法を使えるなんて誰も考えない。
つまり、私はここで妹リリアナをいつでも殺せる。口を開いて何か言えば。
思わず口角が上がった。
「お姉さま?」
思ったような反応を見せない私に妹は床に座り込んだままの姿勢で問うてくる。
ちょっと我に返って考える。この妹を私は殺したいのだろうか。三度私を殺した妹を。一瞬で殺すのはもったいないのではないか。いや、そもそも妹に殺すような価値があるのか。
分からない。自分の心が分からない。悔しいのか、復讐したいのか、それとも逃げたいのか。
私は妹に微笑む。妹はそれで安心したようだ。私がどうせ許して、疲れているからと中座するだろうと。この妹にさえ舐め切られた態度。
気持ちを整理するのは一旦置いておく。今は少しやり返そう。
私は歩を進めると、妹の後ろに控えていた妹付きの侍女の前まで行った。私にそんなものはいないが妹にはいる。
私は微笑んだまま、妹付きの侍女の頬を打った。乾いた音がした。
「あなた、何をしているの」
「お姉さま! 何を!」
「妹がいつまでも床に座っているのをなぜ傍観しているの。それに、飲み物を持ったまま走るのをなぜ止めないの」
妹は国王と王妃に可愛がられている。頭はあまり良くないようだが、治癒魔法も使えるし、何より無能な第一王女よりは好かれている。ちなみにずる賢い。ここで私が妹を叱ったら私が悪者だ。だから、私は敢えて妹付きの侍女を職務怠慢だと叱った。
「さぁ立って」
私は手を伸ばして妹を立たせる。私の行動が斜め上過ぎてポカンとしていたので、そのまま私に従った。
「じゃあ、私はドレスを汚されてしまったことだし失礼するわね。リリアナ、その侍女はあまり役に立たないんじゃない?」
妹と叩いた侍女にそう告げて、私はさっさとパーティー会場を後にする。今までのように俯かず、堂々と顔を上げて。
私が扉に向かっていくのと同時に貴族たちの囁きがさざめきのように広がっていく。
「無能な王女殿下だが……頭まで暗愚なわけではなさそうだ」
「ここ最近、魔力暴走も起こされないそうだな」
「だが、王族なのに魔法を使えないというのはな」
「リリアナ王女殿下はあの通り少し……だが、治癒魔法を使える」
そんな会話を小耳に挟みながら、私は治癒魔法を使えるか試していなかったことに気付いた。
視界の端にリリアナと仲の良い令嬢たちを見つける。
あの子たちはニキビだとか隈だとかをお茶会でリリアナに治癒してもらっていた。そうやってリリアナは同性の友人を作るのが上手い。私はお茶会など開いたことはないし、許可も出ない。
「戻れ」
扇で口元を隠しながらそっと彼女たちに向かって呟いた。ある令嬢の額にニキビが浮き出たのを見て笑いを耐え、騒がしい声と鬱陶しい視線の渦巻く会場から脱出した。
治癒魔法を試したいが、自分の傷は試す前に治っている。騎士団の訓練でも遠目で見ながら声に出してみればいいだろうか。
「っう……ぐっ」
離宮に一人で戻ろうとしている私の耳に苦しそうな声が届いた。