無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~
4
誰か具合でも悪いのだろうか。何とはなしに私は声のする方向に足を向けた。
休憩室の部屋の入り口に知らない若い男性が座り込んでいる。扉が開け放たれているので見つけられた。閉まっていたら休憩室になんて絶対入らない。前の人生で連れ込まれて暗殺者に殺されそうになって、休憩室は丸焦げになったのだ。
「大丈夫?」
珍しい黒髪の貴族令息のようだ。声をかけると、彼は苦し気に赤くなった顔を上げる。
「熱でもあるの?」
黒髪は肩をやや覆うくらい。そして目はダグラスよりも綺麗な薄い水色だった。
「盛られました……」
「え?」
思わず聞き返したのは聞こえなかったからではなく、理解ができなかったから。
「まさか、興奮剤の類?」
「は、い……」
「強力なのね。魔力でどうにもならないのね?」
興奮剤は確かに存在するが、城のパーティーに招かれるような高位貴族たちは皆大なり小なり魔力を持っている。正規に流通している興奮剤は少ない魔力でも巡らせれば簡単に中和できるはずだ。彼は違法で強力なものを盛られたのかもしれない。
意識も朦朧としているから、治癒魔法を試すのにもってこいかもしれない。ただ、問題なのは目の前の男がどこの貴族令息なのか分からないことだ。リリアナと大変親しくしている家の令息なら助けてバレたら困る。
「私に……魔力はありません」
その言葉で私の思考は中断された。
魔力がない高位貴族がいる? 嘘でしょう? そんな話聞いたことがない。だって、いたら私のように確実にバカにされているはずだから。
黒髪の彼はそれ以上何も言わず、耐え切れないとばかりに荒く息を吐きながら床に倒れ込んだ。
「治れ」
私は扇で口元を隠しながらそう呟いていた。
リリアナと違い、私の治癒魔法は杖の先から迸る光などない。だが、明らかに私の体内の魔力量に変化があった。
他の魔法と比べ、魔力消費が大きかったのでめまいがして思わず近くの壁に手をつく。一方で彼の荒かった呼吸は徐々に落ち着いてくる。
めまいが落ち着いてやっと私が体勢を立て直した頃には、彼は床に倒れ込んだまま目を開け私を見上げていた。
まずい。彼にバレたかもしれない。
いや、まだ大丈夫だ。治癒魔法まで使えたのなら、難しい記憶消去だって使えるはず。
「今回は諦めて死なないでください」
忘れろ、のわの形を象ったまま私は固まった。
「繰り返しておられるでしょう?」
彼は私の反応を見ながらそう続ける。
頭でも殴られた気分だった。
なんと愚かなんだろう。何も考えたことがなかった。自分以外も巻き戻ってやり直している記憶を持つ者がいるなんて。それがリリアナもだったらどうしよう。また魔力が枯渇した時を狙って私は殺されるのだろうか。あの子が確実に女王になるために。王位継承権を持つ者が一人なら、投票など関係ない。
落ち着くために唇を舐める。
「あなたと面識もないのに何を言っているのかしら。盛られた薬で頭がおかしくなった? 保護者を呼ぶ必要があるようね」
「レスター。レスター・ローズヴェルトです。王女殿下」
ローズヴェルト公爵家。かの公爵家に娘はいないからリリアナとそこまで近くない。
でも、ローズヴェルト公爵家に魔力ナシの令息はいなかったはず。すべての人生で大して社交をしていなかったツケが回ってきた。それか、高位貴族で魔力ナシは恥だから隠すように育てられてきたのか。それなら、なぜ着飾ってこのパーティーにいるの?
「殿下。どうか女王になってください。リリアナ王女が女王になればウィストリア王国は滅びます。私はそれを何度も見てきました」
レスター・ローズヴェルトが偽名なのでは、と怪しんでいると彼は完全に私の盲点をついてきた。
女王になる? 無能と呼ばれた私が? 魔法を使えるようになってもそれを隠して妹を恐れてウジウジしている私が?
「不敬よ」
このまま彼といるのは危険だ。リリアナの手先かもしれない。
踵を返す私に彼は何も言わなかった。
そこからいつも通りの日常が続いていくはずだった。
悩みながらも魔物討伐に向かうだけの日々。
「どうしてあなたがここにいるの」
魔物がまた出現し、その地域に到着したところで私はいるはずのない顔を待機組の中に見つけた。
「公爵家が金をばらまけば後方支援に私を潜り込ませるくらいはできるんですよ」
自称レスター・ローズヴェルトは騎士服姿でへらへらと笑っている。
「危ないから帰った方がいいわ」
「王女殿下が一番危ない場所に行かれるではないですか。まず帰るなら高貴なあなたでは?」
なんなの、この人。誰も彼も分かっていてこれまで言わなかった。魔力量が多いだけの無能が命の危険に晒される場所に行くことを誰もが許容して、私だって王族に生まれたんだからと諦めていたのになぜ今更あなたがそんなことを言うの。
そもそも、彼は魔力ナシなのに魔物討伐に来るなんて危険すぎる。剣の腕が素晴らしいなら別だけど、物理攻撃が通りにくい魔物だっているのに。待機組の騎士たちだって魔法より剣が得意なだけで、少しは魔法が使える。
「とにかく私はあなたに何かあっても知らないから」
緊張感のない男を置いて、私はさっさと魔物の出現ポイントに一人で向かう。
「凍れ」
綺麗に氷漬けになった魔物の周囲を歩き回りながら、どうやら私は火魔法が一番得意なようだと分析する。魔力消費が一番少ないのだ。それに魔力暴走の時も周囲を焼け野原にしていたくらいだから、相性もいいのだろう。
「へぇ、詠唱タイプですか。なんと珍しい」
私以外誰も入っていないはずの森で声がした。あまりに驚いたので、近くの木にやや暴走した魔力による雷が一発落ちる。
「止まれ」
言葉を発しても、木陰から出てきたレスターは平気な顔ですたすたと私に近付いた。彼は私の目の前まで来ると、自慢げに身に着けている石のついた指輪を振った。
一瞬だけ彼が私を殺しにきたのかと思った。でも、殺すならこの前が絶好のチャンスだったわけだ。それにもっと私が弱ってから出て来た方がいいはずだ。
「魔法アイテムです。回数制限はありますが、私に向かって放たれた魔法を無効化できるんです」
「そんな貴重なもの使わないで普通に声をかければ良かったのよ」
「どうも嫌われているようですから」
「気配も何もなかったのに……」
そうだ、私は魔力が豊富で無意識に他人の魔力も感知している。だから魔力がなく物音さえ立てなかった彼のことは近くにいたのに認識できなかったのだ。
「なんで森の中に入っているの」
「魔力のない私の動向など誰も注視していませんから」
「それでもあなたは公爵家の……」
魔物の気配がした気がして、私はピクリと身構えた。なぜかレスターは私を庇うように前に出る。胸元から彼は杖まで取り出していた。それを見て妙な気分になる。
「……何のつもりよ。あなた、魔力ないんでしょ。なのに何で杖を」
「あぁ、失礼。魔力がないのは初めてだからどうにもまだ勝手が……」
「え?」
私の疑問に彼が答えることはなかった。
気付いた時にはレスターの肩に矢が刺さっていた。悲鳴を上げそうになる私の腕を取って、彼はすぐにその場にしゃがみこむ。
「魔力暴走はやめてください。アイテムが一瞬で無駄になる」
「矢が刺さってるのにどうしてそんなに冷静なの⁉」
「何度も死んで記憶があったら、誰でもこうなるんじゃないでしょうか」
軽口を叩いているが彼の顔色はだんだん悪くなっている。
「おそらく暗殺者でしょう」
「どうしてこんなところにまで」
繰り返す人生の中で、暗殺者に襲われたのは城にいる時だけだった。
「殿下を殺すためでしょう。最近全く起きない魔力暴走、そしてこの前の慰労パーティーでの態度」
「あれが悪かったの?」
「それで殿下の支持者が増えたってことです。焦る人が一人いるでしょう」
「リリアナね」
周囲を見回しながら、どうすればいいか考える。
とりあえずレスターの傷は治した方が良いだろうと口を開こうとしたが、止められた。
「魔力をかなり消費するからやめておいた方がいいでしょう。この矢には毒が塗ってあります」
思わず舌打ちしそうになる。この前の興奮剤の解毒もかなり魔力を消費したのだ。ここで治癒魔法を使ってしまえば、魔力が温存できず暗殺者に反撃できないかもしれない。
「ここから生き延びられるか無能同士仲良くやりましょう。ひとまず、魔法は何度か無効になりますから」
「魔法アイテムを奪って私一人で逃げた方がいいと思うけど」
「おや、そんな言葉が出るようになられたとは良かったです」
レスターの軽口は聞いていてイライラした。
たった数分やり取りしただけなのに、私のことを理解したように上から目線で喋られるのは嫌だった。
「面識なんてなかったのに、まるで私を知っていたかのように言わないでくれる?」
「知っていますよ。三回の人生分」
「いい加減にして。私はあなたのこと今世で初めて知ったわよ」
彼を置いて行って死なせる勇気はなかったので、仕方なく立っている彼の腕を取る。
「歩ける?」
「歩けますが……私を置いていかないのですか」
「無能同士仲良くしましょうってあなたが言ったんじゃない。死なれたら寝覚めも悪いし」
「てっきり置いて行かれるのかと」
「大体、あなたがしゃしゃり出なかったら良かったのよ。私の怪我なんて一瞬で治るんだから」
「すぐ治るからといって目の前で傷つくのを見たい人間がいるんですか?」
いるでしょ。じゃなきゃ、王女の私はこんなところにいない。
その言葉は口に出さなかった。暗殺者が何人いるかも分からないのに、呑気に同じ場所で喋っているわけにもいかない。
まさか、彼は暗殺者がいると分かって森に入ったの?
休憩室の部屋の入り口に知らない若い男性が座り込んでいる。扉が開け放たれているので見つけられた。閉まっていたら休憩室になんて絶対入らない。前の人生で連れ込まれて暗殺者に殺されそうになって、休憩室は丸焦げになったのだ。
「大丈夫?」
珍しい黒髪の貴族令息のようだ。声をかけると、彼は苦し気に赤くなった顔を上げる。
「熱でもあるの?」
黒髪は肩をやや覆うくらい。そして目はダグラスよりも綺麗な薄い水色だった。
「盛られました……」
「え?」
思わず聞き返したのは聞こえなかったからではなく、理解ができなかったから。
「まさか、興奮剤の類?」
「は、い……」
「強力なのね。魔力でどうにもならないのね?」
興奮剤は確かに存在するが、城のパーティーに招かれるような高位貴族たちは皆大なり小なり魔力を持っている。正規に流通している興奮剤は少ない魔力でも巡らせれば簡単に中和できるはずだ。彼は違法で強力なものを盛られたのかもしれない。
意識も朦朧としているから、治癒魔法を試すのにもってこいかもしれない。ただ、問題なのは目の前の男がどこの貴族令息なのか分からないことだ。リリアナと大変親しくしている家の令息なら助けてバレたら困る。
「私に……魔力はありません」
その言葉で私の思考は中断された。
魔力がない高位貴族がいる? 嘘でしょう? そんな話聞いたことがない。だって、いたら私のように確実にバカにされているはずだから。
黒髪の彼はそれ以上何も言わず、耐え切れないとばかりに荒く息を吐きながら床に倒れ込んだ。
「治れ」
私は扇で口元を隠しながらそう呟いていた。
リリアナと違い、私の治癒魔法は杖の先から迸る光などない。だが、明らかに私の体内の魔力量に変化があった。
他の魔法と比べ、魔力消費が大きかったのでめまいがして思わず近くの壁に手をつく。一方で彼の荒かった呼吸は徐々に落ち着いてくる。
めまいが落ち着いてやっと私が体勢を立て直した頃には、彼は床に倒れ込んだまま目を開け私を見上げていた。
まずい。彼にバレたかもしれない。
いや、まだ大丈夫だ。治癒魔法まで使えたのなら、難しい記憶消去だって使えるはず。
「今回は諦めて死なないでください」
忘れろ、のわの形を象ったまま私は固まった。
「繰り返しておられるでしょう?」
彼は私の反応を見ながらそう続ける。
頭でも殴られた気分だった。
なんと愚かなんだろう。何も考えたことがなかった。自分以外も巻き戻ってやり直している記憶を持つ者がいるなんて。それがリリアナもだったらどうしよう。また魔力が枯渇した時を狙って私は殺されるのだろうか。あの子が確実に女王になるために。王位継承権を持つ者が一人なら、投票など関係ない。
落ち着くために唇を舐める。
「あなたと面識もないのに何を言っているのかしら。盛られた薬で頭がおかしくなった? 保護者を呼ぶ必要があるようね」
「レスター。レスター・ローズヴェルトです。王女殿下」
ローズヴェルト公爵家。かの公爵家に娘はいないからリリアナとそこまで近くない。
でも、ローズヴェルト公爵家に魔力ナシの令息はいなかったはず。すべての人生で大して社交をしていなかったツケが回ってきた。それか、高位貴族で魔力ナシは恥だから隠すように育てられてきたのか。それなら、なぜ着飾ってこのパーティーにいるの?
「殿下。どうか女王になってください。リリアナ王女が女王になればウィストリア王国は滅びます。私はそれを何度も見てきました」
レスター・ローズヴェルトが偽名なのでは、と怪しんでいると彼は完全に私の盲点をついてきた。
女王になる? 無能と呼ばれた私が? 魔法を使えるようになってもそれを隠して妹を恐れてウジウジしている私が?
「不敬よ」
このまま彼といるのは危険だ。リリアナの手先かもしれない。
踵を返す私に彼は何も言わなかった。
そこからいつも通りの日常が続いていくはずだった。
悩みながらも魔物討伐に向かうだけの日々。
「どうしてあなたがここにいるの」
魔物がまた出現し、その地域に到着したところで私はいるはずのない顔を待機組の中に見つけた。
「公爵家が金をばらまけば後方支援に私を潜り込ませるくらいはできるんですよ」
自称レスター・ローズヴェルトは騎士服姿でへらへらと笑っている。
「危ないから帰った方がいいわ」
「王女殿下が一番危ない場所に行かれるではないですか。まず帰るなら高貴なあなたでは?」
なんなの、この人。誰も彼も分かっていてこれまで言わなかった。魔力量が多いだけの無能が命の危険に晒される場所に行くことを誰もが許容して、私だって王族に生まれたんだからと諦めていたのになぜ今更あなたがそんなことを言うの。
そもそも、彼は魔力ナシなのに魔物討伐に来るなんて危険すぎる。剣の腕が素晴らしいなら別だけど、物理攻撃が通りにくい魔物だっているのに。待機組の騎士たちだって魔法より剣が得意なだけで、少しは魔法が使える。
「とにかく私はあなたに何かあっても知らないから」
緊張感のない男を置いて、私はさっさと魔物の出現ポイントに一人で向かう。
「凍れ」
綺麗に氷漬けになった魔物の周囲を歩き回りながら、どうやら私は火魔法が一番得意なようだと分析する。魔力消費が一番少ないのだ。それに魔力暴走の時も周囲を焼け野原にしていたくらいだから、相性もいいのだろう。
「へぇ、詠唱タイプですか。なんと珍しい」
私以外誰も入っていないはずの森で声がした。あまりに驚いたので、近くの木にやや暴走した魔力による雷が一発落ちる。
「止まれ」
言葉を発しても、木陰から出てきたレスターは平気な顔ですたすたと私に近付いた。彼は私の目の前まで来ると、自慢げに身に着けている石のついた指輪を振った。
一瞬だけ彼が私を殺しにきたのかと思った。でも、殺すならこの前が絶好のチャンスだったわけだ。それにもっと私が弱ってから出て来た方がいいはずだ。
「魔法アイテムです。回数制限はありますが、私に向かって放たれた魔法を無効化できるんです」
「そんな貴重なもの使わないで普通に声をかければ良かったのよ」
「どうも嫌われているようですから」
「気配も何もなかったのに……」
そうだ、私は魔力が豊富で無意識に他人の魔力も感知している。だから魔力がなく物音さえ立てなかった彼のことは近くにいたのに認識できなかったのだ。
「なんで森の中に入っているの」
「魔力のない私の動向など誰も注視していませんから」
「それでもあなたは公爵家の……」
魔物の気配がした気がして、私はピクリと身構えた。なぜかレスターは私を庇うように前に出る。胸元から彼は杖まで取り出していた。それを見て妙な気分になる。
「……何のつもりよ。あなた、魔力ないんでしょ。なのに何で杖を」
「あぁ、失礼。魔力がないのは初めてだからどうにもまだ勝手が……」
「え?」
私の疑問に彼が答えることはなかった。
気付いた時にはレスターの肩に矢が刺さっていた。悲鳴を上げそうになる私の腕を取って、彼はすぐにその場にしゃがみこむ。
「魔力暴走はやめてください。アイテムが一瞬で無駄になる」
「矢が刺さってるのにどうしてそんなに冷静なの⁉」
「何度も死んで記憶があったら、誰でもこうなるんじゃないでしょうか」
軽口を叩いているが彼の顔色はだんだん悪くなっている。
「おそらく暗殺者でしょう」
「どうしてこんなところにまで」
繰り返す人生の中で、暗殺者に襲われたのは城にいる時だけだった。
「殿下を殺すためでしょう。最近全く起きない魔力暴走、そしてこの前の慰労パーティーでの態度」
「あれが悪かったの?」
「それで殿下の支持者が増えたってことです。焦る人が一人いるでしょう」
「リリアナね」
周囲を見回しながら、どうすればいいか考える。
とりあえずレスターの傷は治した方が良いだろうと口を開こうとしたが、止められた。
「魔力をかなり消費するからやめておいた方がいいでしょう。この矢には毒が塗ってあります」
思わず舌打ちしそうになる。この前の興奮剤の解毒もかなり魔力を消費したのだ。ここで治癒魔法を使ってしまえば、魔力が温存できず暗殺者に反撃できないかもしれない。
「ここから生き延びられるか無能同士仲良くやりましょう。ひとまず、魔法は何度か無効になりますから」
「魔法アイテムを奪って私一人で逃げた方がいいと思うけど」
「おや、そんな言葉が出るようになられたとは良かったです」
レスターの軽口は聞いていてイライラした。
たった数分やり取りしただけなのに、私のことを理解したように上から目線で喋られるのは嫌だった。
「面識なんてなかったのに、まるで私を知っていたかのように言わないでくれる?」
「知っていますよ。三回の人生分」
「いい加減にして。私はあなたのこと今世で初めて知ったわよ」
彼を置いて行って死なせる勇気はなかったので、仕方なく立っている彼の腕を取る。
「歩ける?」
「歩けますが……私を置いていかないのですか」
「無能同士仲良くしましょうってあなたが言ったんじゃない。死なれたら寝覚めも悪いし」
「てっきり置いて行かれるのかと」
「大体、あなたがしゃしゃり出なかったら良かったのよ。私の怪我なんて一瞬で治るんだから」
「すぐ治るからといって目の前で傷つくのを見たい人間がいるんですか?」
いるでしょ。じゃなきゃ、王女の私はこんなところにいない。
その言葉は口に出さなかった。暗殺者が何人いるかも分からないのに、呑気に同じ場所で喋っているわけにもいかない。
まさか、彼は暗殺者がいると分かって森に入ったの?