無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~
5
待機組に私の場所を知らせて助けに来てもらう方法もあるが、何人いるか分からない暗殺者にも私たちのいる正確な場所を教えることになる。つまり、レスターを連れて魔力を温存しつつなんとかこの森を出るしかない。
「結界」
結界魔法があることは知っていた。
無能の私は魔法が使えることを夢見て、前の人生で散々勉強だけはしたから。まさか今世で結界魔法まで使えるようになるとは思わなかった。
「結界魔法まで使えるんですか。それなら私は用無しでしたね」
「……あなた、喋らない方が良いわよ。浮かした方がいいかしら」
「何が起きるか分かりませんし、結界の強度も分かりませんから魔力は温存してください。私のことは適当に捨て置いていただいてもいいので」
「さっきと言っていることが違うわ」
レスターと喋っていると本当にイライラする。リリアナにさえこんなにイライラしたことはない。
結界が矢を弾いたので、私は不毛な会話をそれ以上続けなかった。アイテムを使って魔力を隠しているのか、暗殺者がどこにいるのか探りづらい。
結界はなんとか保ち、森の入り口が見えてきた頃に私はそっと振り返った。数歩後ろにいたレスターは毒が回ったのか冷や汗を流しながらわざと微笑んだ。それにまたもイライラした。
「私の生殺与奪の権利を手にしていたご感想は?」
「意味が分からないわ」
「だって、あなたは前までの人生でいつもご自分でその権利を持っていなかったので。いつでも私を置いて逃げるか、殺せる権利を手にしていたご感想はいかがですか」
レスターの言葉のすべてが私の神経を逆なでする。
その意味が今分かった。私はレスターに返事はせず、森に向かって「焼き尽くせ」と言葉を投げた。途端にすべての木という木が燃え上がる。魔力暴走を起こした時のようだ。
「……暗殺者を殺すためとはいえ魔力は大丈夫ですか」
レスターはさすがに大丈夫ではなくなったらしい。ふらついてしゃがみこみながらそんなことを言う。
私はこの男のこういうところにイライラしていたのだ。魔力ナシの無能と呼ばれながら、自分のことよりも私のことを考えて行動する彼に。私を庇って毒矢を浴びるし、平気で自分のことは置いていけと命を諦める。
彼の姿はまさしくこれまでの人生での私だった。無能だから、奪われても殺されても私はひたすら諦めていた。それが当然だとさえ思っていた。
彼の杖を見て妙な気分になったのではなく、彼の背中を見て変な気分になったのだ。私は人に庇われたことがなさすぎて、誰かの後ろにいた体験などなかったから。それに、森の中まで私のために入って来てくれた人はいなかったから。
私は単純だ。
ダグラスの次は彼をその座に据えようとしてしまっている。彼が本当にレスター・ローズヴェルトなのか、信用できる男なのかも分からないのに。もう信じて裏切られたくない、でもダグラス以外を信じてみたい。特に、同じ無能と呼ばれる彼のことを。たった一度、一緒に命懸けで行動しただけで。
出来過ぎている。出会いからすべて。これまでの人生の記憶が彼にあるなら簡単なのだろうけれど。
私は座り込んでいる彼の顔を覗き込んだ。綺麗なアクアマリンのような目が私を捉える。
やっぱり、私は彼と面識はなく庇ってもらえる理由もない。
「治れ」
魔力がごっそり持っていかれる感覚と、込み上がって来る不快感で私は彼から顔を背けて咳をする。血が少し混じっていた。魔力の枯渇が近い。魔物討伐の後は森を全部焼いて、治癒魔法まで使ったのだから仕方ない。
ケホケホと咳き込みながらしゃがみこんでいると、彼が近付いてくる気配がした。
「なぜ……? 魔力をそこまでして……」
レスターは少し迷ったようだったが、火が迫ってくるのでしゃがみこんでいる私を慎重に抱きかかえて森から出るために歩き始めた。ダグラスにもこうしてもらっていたはずなのだが、意識が少しでもある状態なのは初めてだ。
魔力が枯渇しかけて朦朧とする意識の中で、私は抱きかかえられたままレスターの首に縋りついた。そして、これまで誰にも言ったことがなかったことを口にしてしまった。
「レスター、あなたは私を裏切ってはいけない」
そんなことを言う資格は無能な私にはない。でも、魔力が枯渇しかけて意識が朦朧としないと私は自分の本当の望みさえ言えなかった。
「あなただけは、私に死んでもいい無能と言わないで」
誰も彼も、私のことを死んでもいい存在として扱った。私は、誰かに生きていていいと言って欲しかった。生きていていい存在だと行動で示して欲しかった。
「私だって魔力ナシの無能ですからそんなことは言いません」
吐き気を堪えていると、レスターの声が降ってくる。
魔法が使えるようになっても私はやっぱり無能だった。私は戦う前に、対等になる前にすべてを諦めていた。無能な私は死んだ方がいいと思っていた。レスターを信じたら何か変わるだろうか、無能な私は死ぬだろうか。
魔力の枯渇の気持ち悪さに耐え切れなくなって、レスターの温かさを感じながら目を閉じる。
「あなたに死んでほしいなら、いくら国が滅びて欲しくないとはいえわざわざ巻き戻すことはしません」
遠のく意識の中で考えてしまう。ダグラスのことは好きなはずだったけれど、こうやって自分から体を預けたことはなかった。
「結界」
結界魔法があることは知っていた。
無能の私は魔法が使えることを夢見て、前の人生で散々勉強だけはしたから。まさか今世で結界魔法まで使えるようになるとは思わなかった。
「結界魔法まで使えるんですか。それなら私は用無しでしたね」
「……あなた、喋らない方が良いわよ。浮かした方がいいかしら」
「何が起きるか分かりませんし、結界の強度も分かりませんから魔力は温存してください。私のことは適当に捨て置いていただいてもいいので」
「さっきと言っていることが違うわ」
レスターと喋っていると本当にイライラする。リリアナにさえこんなにイライラしたことはない。
結界が矢を弾いたので、私は不毛な会話をそれ以上続けなかった。アイテムを使って魔力を隠しているのか、暗殺者がどこにいるのか探りづらい。
結界はなんとか保ち、森の入り口が見えてきた頃に私はそっと振り返った。数歩後ろにいたレスターは毒が回ったのか冷や汗を流しながらわざと微笑んだ。それにまたもイライラした。
「私の生殺与奪の権利を手にしていたご感想は?」
「意味が分からないわ」
「だって、あなたは前までの人生でいつもご自分でその権利を持っていなかったので。いつでも私を置いて逃げるか、殺せる権利を手にしていたご感想はいかがですか」
レスターの言葉のすべてが私の神経を逆なでする。
その意味が今分かった。私はレスターに返事はせず、森に向かって「焼き尽くせ」と言葉を投げた。途端にすべての木という木が燃え上がる。魔力暴走を起こした時のようだ。
「……暗殺者を殺すためとはいえ魔力は大丈夫ですか」
レスターはさすがに大丈夫ではなくなったらしい。ふらついてしゃがみこみながらそんなことを言う。
私はこの男のこういうところにイライラしていたのだ。魔力ナシの無能と呼ばれながら、自分のことよりも私のことを考えて行動する彼に。私を庇って毒矢を浴びるし、平気で自分のことは置いていけと命を諦める。
彼の姿はまさしくこれまでの人生での私だった。無能だから、奪われても殺されても私はひたすら諦めていた。それが当然だとさえ思っていた。
彼の杖を見て妙な気分になったのではなく、彼の背中を見て変な気分になったのだ。私は人に庇われたことがなさすぎて、誰かの後ろにいた体験などなかったから。それに、森の中まで私のために入って来てくれた人はいなかったから。
私は単純だ。
ダグラスの次は彼をその座に据えようとしてしまっている。彼が本当にレスター・ローズヴェルトなのか、信用できる男なのかも分からないのに。もう信じて裏切られたくない、でもダグラス以外を信じてみたい。特に、同じ無能と呼ばれる彼のことを。たった一度、一緒に命懸けで行動しただけで。
出来過ぎている。出会いからすべて。これまでの人生の記憶が彼にあるなら簡単なのだろうけれど。
私は座り込んでいる彼の顔を覗き込んだ。綺麗なアクアマリンのような目が私を捉える。
やっぱり、私は彼と面識はなく庇ってもらえる理由もない。
「治れ」
魔力がごっそり持っていかれる感覚と、込み上がって来る不快感で私は彼から顔を背けて咳をする。血が少し混じっていた。魔力の枯渇が近い。魔物討伐の後は森を全部焼いて、治癒魔法まで使ったのだから仕方ない。
ケホケホと咳き込みながらしゃがみこんでいると、彼が近付いてくる気配がした。
「なぜ……? 魔力をそこまでして……」
レスターは少し迷ったようだったが、火が迫ってくるのでしゃがみこんでいる私を慎重に抱きかかえて森から出るために歩き始めた。ダグラスにもこうしてもらっていたはずなのだが、意識が少しでもある状態なのは初めてだ。
魔力が枯渇しかけて朦朧とする意識の中で、私は抱きかかえられたままレスターの首に縋りついた。そして、これまで誰にも言ったことがなかったことを口にしてしまった。
「レスター、あなたは私を裏切ってはいけない」
そんなことを言う資格は無能な私にはない。でも、魔力が枯渇しかけて意識が朦朧としないと私は自分の本当の望みさえ言えなかった。
「あなただけは、私に死んでもいい無能と言わないで」
誰も彼も、私のことを死んでもいい存在として扱った。私は、誰かに生きていていいと言って欲しかった。生きていていい存在だと行動で示して欲しかった。
「私だって魔力ナシの無能ですからそんなことは言いません」
吐き気を堪えていると、レスターの声が降ってくる。
魔法が使えるようになっても私はやっぱり無能だった。私は戦う前に、対等になる前にすべてを諦めていた。無能な私は死んだ方がいいと思っていた。レスターを信じたら何か変わるだろうか、無能な私は死ぬだろうか。
魔力の枯渇の気持ち悪さに耐え切れなくなって、レスターの温かさを感じながら目を閉じる。
「あなたに死んでほしいなら、いくら国が滅びて欲しくないとはいえわざわざ巻き戻すことはしません」
遠のく意識の中で考えてしまう。ダグラスのことは好きなはずだったけれど、こうやって自分から体を預けたことはなかった。