無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~
6
魔力の枯渇は休めば治る。
完全に回復しきる前に、珍しく私は夜会に呼び出された。普段なら魔物討伐や小競り合いの慰労パーティーくらいにしか招待されないので、これが何のための夜会なのか分からない。しかし暗殺者を差し向けられたことから、今回の夜会では毒が待っているのだろう。
このまま黙って普段通りにしていては、またリリアナに殺される。
侍女に赤いドレスを着せられながら私は考える。私のドレスは馬鹿の一つ覚えのように毎回赤だった。
準備を終えて離宮を出ると、ダグラスが立っている。騎士服ではなく、夜会に参加する盛装姿だ。
「どうしたの。今日護衛の仕事はないでしょう」
「こちらをアーシュラ殿下にお渡ししようと」
ダグラスがゆっくり取り出した箱には赤い石のついたブレスレットが入っていた。あの、三度目の人生で私の死因になったものとそっくり同じだ。
「……素敵ね。でも、私、誕生日でも何でもないと思うけれど」
魔物討伐に行きすぎて最近は日付の感覚はないが、私はもっと寒い時期に生まれたはず。
「今日はリリアナ王女殿下の誕生日ですから、女王の決定があるはずです」
そんな時期なのか。私はリリアナの十六歳の誕生日まで生きたことはなかったはずだ。なるほど、リリアナも焦るわけだ。彼女にとって私は無能な姉で、目の上のたんこぶなのだから。
「それとプレゼントは何の関係もないでしょう?」
「父はリリアナ王女殿下が女王になると思っています」
「大多数の貴族がそうでしょう?」
ダグラスはそこで大きく息を吐いた。珍しい、いつもクールな彼なのに。
「その時は、アーシュラ殿下に求婚させてください」
どうにかしてブレスレットを断ろうと考えていると、ダグラスはそんなことを言った。
「私は無能な王女なのに?」
あなたが三度目の人生で私を殺したも同然なのに? 求婚? 何を言っているの。
バカな私が喜ぶのでも見たいの? リリアナの差し金?
「私は幼い頃から殿下だけを見てきました。もう……これで殿下は魔物討伐や前線に行かなくて済みます」
唐突に思い出した。ダグラスだって最初は私が魔物討伐や前線に行くのに反対していた。でも、彼も騎士になりたてで下っ端だったから、いくら実家の爵位があるとはいえ決定は覆せなかったのだ。「じゃあ、お前も一緒に森に入ったらどうだ」と指揮官に言われているのを見て、私が「一人で行く」と言ったのだ。
「指輪はまだ……準備ができておらず……殿下のお好きなものをと思って……」
私が黙ってブレスレットを見ていると、ダグラスの声はだんだんしぼんでいく。珍しく彼の顔は赤くなっていた。
「ありがとう、そこまで考えてくれて。それならブレスレットは後で受け取るのでもいいかしら。あの、バラの咲いた庭で受け取りたいの。ダメかしら」
「あ、いえ。気が利かず……」
「そんなことはないわ。ありがとう」
「その、殿下は以前のブレスレットを全くされていないので……焦りました」
「大切なものはずっとつけていたら壊れてしまうから。また壊れたらと思うと悲しくて」
意外とダグラスは目ざとい。適当に話をしながら、夜会の会場へと向かう。ダグラスも自然とついて来た。ダグラスは何が何でも入場前に私にブレスレットをつけさせようという雰囲気ではない。彼はきっと利用されただけだろう。
「まだエスコートは受けてはいけないから。別々に会場に入りましょう」
「殿下はいつもダンスをされませんが、今日はその権利をいただけますか?」
ダグラスのよく晴れた空のような目を私は見た。
一度は裏切られたのかと思った。でも、不器用ながら私を数歩後ろから見てくれていた、私の騎士。
即答できなかった。だって、私が求めているのはもっと薄い青である気がしたから。
ダグラスは真面目だ。指揮官に逆らってこっそり森に入ってくることはない。でも私は数歩後ろでずっと待たれているよりも、森で急に声を掛けられて驚く方が良かった。
「会場の雰囲気によるんじゃないかしら。ねぇ、ブレスレットは……高そうだったけれど、ダグラスの負担にならなかった?」
「そんなことはございません。ただ恥ずかしながら何を贈ればいいのか分からず……リリアナ殿下がいろいろ提案してくださいました」
「あぁ、そうなのね」
意外にも私とリリアナは不仲だとは思われていないのだ。リリアナが頻繁に「お姉さま」と絡んでくるから。それに、リリアナは外面がいいから狙っていたダグラスに本性を気取られるようなことはしないだろう。
少しだけ嬉しかった、おそらく私の中の初恋が報われた気持ちが急速に沈んでいく。
ダグラスが恥ずかしそうにしてくれた求婚を前回までに聞けていれば、私は即答でイエスと答えただろう。
でも、今回はイエスと言わない。
だって、無能な私を今日で殺すんだから。そう今決めた。
「じゃあ、後でね」
ダグラスと別れて会場に入ると、離宮の前でぐずぐずしていたためすでにパーティーは始まっていた。
私の周囲に当然人は寄ってこない。でも、参加者の中に黒髪を見つけて私はそちらに向かって行った。普段なら私はこんなことはしない。でも、黙っていればリリアナに殺されるだけだ。どうせまた繰り返すなら今日くらいは好きにしよう。
「レスター。踊ってくれない?」
女性からダンスに誘うのはマナーとしてはしたないとされているので、周囲にいた貴族たちがぎょっとしている。
でも彼らだって女王になるのはリリアナだと思っているんだったら、私がどう行動しようとどうでもいいでしょう。
肝心のレスターは私が急に現れたことに少し驚いたようだったが、すぐに手を取ってくれた。毒の影響はなさそうだ。そして、彼は全身黒い夜会服だ。
「焦りました。あの後、殿下と全くお会いできなかったので。手紙も出せませんし。魔力は回復しましたか」
「完全じゃないけど大丈夫よ」
私の手を引きながら、レスターは軽く微笑んだ。
強い視線を感じて振り返ると、会場の隅でダグラスがこちらを見ていた。視線は確かに合ったが、私はすぐに逸らした。先ほど見た赤い石が脳裏をちらつく。不思議と求婚の言葉は思い出さなかった。
完全に回復しきる前に、珍しく私は夜会に呼び出された。普段なら魔物討伐や小競り合いの慰労パーティーくらいにしか招待されないので、これが何のための夜会なのか分からない。しかし暗殺者を差し向けられたことから、今回の夜会では毒が待っているのだろう。
このまま黙って普段通りにしていては、またリリアナに殺される。
侍女に赤いドレスを着せられながら私は考える。私のドレスは馬鹿の一つ覚えのように毎回赤だった。
準備を終えて離宮を出ると、ダグラスが立っている。騎士服ではなく、夜会に参加する盛装姿だ。
「どうしたの。今日護衛の仕事はないでしょう」
「こちらをアーシュラ殿下にお渡ししようと」
ダグラスがゆっくり取り出した箱には赤い石のついたブレスレットが入っていた。あの、三度目の人生で私の死因になったものとそっくり同じだ。
「……素敵ね。でも、私、誕生日でも何でもないと思うけれど」
魔物討伐に行きすぎて最近は日付の感覚はないが、私はもっと寒い時期に生まれたはず。
「今日はリリアナ王女殿下の誕生日ですから、女王の決定があるはずです」
そんな時期なのか。私はリリアナの十六歳の誕生日まで生きたことはなかったはずだ。なるほど、リリアナも焦るわけだ。彼女にとって私は無能な姉で、目の上のたんこぶなのだから。
「それとプレゼントは何の関係もないでしょう?」
「父はリリアナ王女殿下が女王になると思っています」
「大多数の貴族がそうでしょう?」
ダグラスはそこで大きく息を吐いた。珍しい、いつもクールな彼なのに。
「その時は、アーシュラ殿下に求婚させてください」
どうにかしてブレスレットを断ろうと考えていると、ダグラスはそんなことを言った。
「私は無能な王女なのに?」
あなたが三度目の人生で私を殺したも同然なのに? 求婚? 何を言っているの。
バカな私が喜ぶのでも見たいの? リリアナの差し金?
「私は幼い頃から殿下だけを見てきました。もう……これで殿下は魔物討伐や前線に行かなくて済みます」
唐突に思い出した。ダグラスだって最初は私が魔物討伐や前線に行くのに反対していた。でも、彼も騎士になりたてで下っ端だったから、いくら実家の爵位があるとはいえ決定は覆せなかったのだ。「じゃあ、お前も一緒に森に入ったらどうだ」と指揮官に言われているのを見て、私が「一人で行く」と言ったのだ。
「指輪はまだ……準備ができておらず……殿下のお好きなものをと思って……」
私が黙ってブレスレットを見ていると、ダグラスの声はだんだんしぼんでいく。珍しく彼の顔は赤くなっていた。
「ありがとう、そこまで考えてくれて。それならブレスレットは後で受け取るのでもいいかしら。あの、バラの咲いた庭で受け取りたいの。ダメかしら」
「あ、いえ。気が利かず……」
「そんなことはないわ。ありがとう」
「その、殿下は以前のブレスレットを全くされていないので……焦りました」
「大切なものはずっとつけていたら壊れてしまうから。また壊れたらと思うと悲しくて」
意外とダグラスは目ざとい。適当に話をしながら、夜会の会場へと向かう。ダグラスも自然とついて来た。ダグラスは何が何でも入場前に私にブレスレットをつけさせようという雰囲気ではない。彼はきっと利用されただけだろう。
「まだエスコートは受けてはいけないから。別々に会場に入りましょう」
「殿下はいつもダンスをされませんが、今日はその権利をいただけますか?」
ダグラスのよく晴れた空のような目を私は見た。
一度は裏切られたのかと思った。でも、不器用ながら私を数歩後ろから見てくれていた、私の騎士。
即答できなかった。だって、私が求めているのはもっと薄い青である気がしたから。
ダグラスは真面目だ。指揮官に逆らってこっそり森に入ってくることはない。でも私は数歩後ろでずっと待たれているよりも、森で急に声を掛けられて驚く方が良かった。
「会場の雰囲気によるんじゃないかしら。ねぇ、ブレスレットは……高そうだったけれど、ダグラスの負担にならなかった?」
「そんなことはございません。ただ恥ずかしながら何を贈ればいいのか分からず……リリアナ殿下がいろいろ提案してくださいました」
「あぁ、そうなのね」
意外にも私とリリアナは不仲だとは思われていないのだ。リリアナが頻繁に「お姉さま」と絡んでくるから。それに、リリアナは外面がいいから狙っていたダグラスに本性を気取られるようなことはしないだろう。
少しだけ嬉しかった、おそらく私の中の初恋が報われた気持ちが急速に沈んでいく。
ダグラスが恥ずかしそうにしてくれた求婚を前回までに聞けていれば、私は即答でイエスと答えただろう。
でも、今回はイエスと言わない。
だって、無能な私を今日で殺すんだから。そう今決めた。
「じゃあ、後でね」
ダグラスと別れて会場に入ると、離宮の前でぐずぐずしていたためすでにパーティーは始まっていた。
私の周囲に当然人は寄ってこない。でも、参加者の中に黒髪を見つけて私はそちらに向かって行った。普段なら私はこんなことはしない。でも、黙っていればリリアナに殺されるだけだ。どうせまた繰り返すなら今日くらいは好きにしよう。
「レスター。踊ってくれない?」
女性からダンスに誘うのはマナーとしてはしたないとされているので、周囲にいた貴族たちがぎょっとしている。
でも彼らだって女王になるのはリリアナだと思っているんだったら、私がどう行動しようとどうでもいいでしょう。
肝心のレスターは私が急に現れたことに少し驚いたようだったが、すぐに手を取ってくれた。毒の影響はなさそうだ。そして、彼は全身黒い夜会服だ。
「焦りました。あの後、殿下と全くお会いできなかったので。手紙も出せませんし。魔力は回復しましたか」
「完全じゃないけど大丈夫よ」
私の手を引きながら、レスターは軽く微笑んだ。
強い視線を感じて振り返ると、会場の隅でダグラスがこちらを見ていた。視線は確かに合ったが、私はすぐに逸らした。先ほど見た赤い石が脳裏をちらつく。不思議と求婚の言葉は思い出さなかった。