無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~

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「踊りながら話しましょう。今日、女王が決まるのよね? 私、ここまで生きたことがないの」
「はい。アーシュラ王女殿下が亡くなられた後で、リリアナ王女殿下が女王になることが決定して涙ながらに演説をするという筋書きでしたね、毎回。リリアナ殿下は倒れたアーシュラ殿下に治癒魔法さえ使っていなかったのに、どうして皆あんなよく分からない演説で泣けるのか分かりませんでした」

 レスターはやや嫌そうに語る。

「無能に治癒魔法は使わないってことでしょう。それに、私は倒れても怪我しても大丈夫と思われていたから」

 リリアナはまるで小説の主人公みたいだ。
 私と違って無能と呼ばれず、皆から愛されて。それなのに私を殺そうとする。私はリリアナを殺そうと思ったことなんてないのに。リリアナとしては無能な姉が生きているのが許せないのだろう。私が妹に生まれていたら少しは違ったかもしれない。

「リリアナ殿下が女王になると、いつもどこかの国と戦争が起きます。そしてウィストリア王国は戦争に負けて滅亡します」
「うちの軍はそんなに弱かった?」
「アーシュラ殿下にまかせっきりにしていたせいで、戦い慣れておらず死者が多く出るのです。戦術的に負けますね」
「あら、そう。それにしてもどうして毎回巻き戻るのかしらね。ウィストリア王国に何か秘密でもあるとか?」
「今回は巻き戻らないでしょう。だって、魔力がもうありませんから」
「え?」

 レスターの言葉がよく聞こえずに聞き返すが、レスターは踊りながらまたちょっと笑った。ふざけた笑いではなく、悲し気な笑い方だ。

「今回だけは死なないでください」
「レスター?」
「殿下は、私と母を救ってくれたんです」
「あなたと面識はないわ」
「一度目の人生の時、私はイスロ地方の魔物が出た森の近くに住んでいました。私の母はローズヴェルト公爵の愛人でしたからね」

 あぁ、だから私は彼の存在を知らなかったのか。急に身の上話を始めたレスターを疑問に思いながらも、妙に納得する。イスロ地方は王都と離れているから、身ごもった愛人が逃げたか追い出されたのだろう。

「魔物が襲ってきて母は怪我をして、その時にアーシュラ殿下が討伐に来てくださったのです。殿下が来てくださらなかったらおそらく全員食われていたんじゃないでしょうか。魔物が出た地域の住民は皆、知っていますよ。殿下がお一人で何をしているかくらい。だって待機組の奴らは夜に酒場で酒を飲んで、仕事をしていないくせにあなたのことをバカにしているんですから」
「最後のは聞きたくなかったわね。それでなぜあなたはローズヴェルト公爵家に引き取られることになったの?」
「私は公爵とよく似ているので。魔力も平民にしては珍しいほどありましたし。身を寄せた教会関係者から情報が洩れて引き取られました。ローズヴェルト公爵家の一人息子は病弱でしたしね」
「一度目は魔力があったの?」
「三度目まではありましたよ。一度目と二度目は貴族の教育をされている間にあなたは亡くなり、三度目はリリアナ王女殿下の王配候補にまでなったのですが結局国は滅びましたね。ですから、あなたが巻き戻りのカギなのではないかと思い今回は接触したのです」
「それはおかしいわね。巻き戻っているのに魔力がなくなるなんてことがあるの?」
「今回は立派な無能になりました。なんとか知っている情報を予知のように見せかけて公爵家に引き取ってもらえたものの、殿下への接触は難しかったのですよ」
「それで興奮剤を盛られたところに私が通ったってこと?」
「あれは公爵に盛られたんですよ。リリアナ王女に近づけと言ってね。興奮剤で関係を持ってもいいですし、治癒魔法を使っていただいて距離を縮めてもいいという指令でした。魔力ナシは初めてでしたから、中和できなくて焦りましたね」

 レスターの視線が私の後ろに向く。

「殿下、今日は飲み物や食べ物は絶対に口にされないようにしてくださいね」
「それは分かってるけど。だって、今日はきっと毒を盛られるんでしょう?」
「えぇ、今日を回避したらリリアナ王女殿下はさらに焦って派手に動くでしょう」
「あの子は女王に任命されるのに?」
「戦争が起きたら前線に行かされるのはアーシュラ殿下ですよ。そこで殺されるかもしれません。女王に任命されても女王にならなければいいので、先に彼女の尻尾を掴みます」
「どうしてあの子は私をそこまで殺したいのかしら。女王の座を手に入れたらいいじゃない」

 もうすぐ曲が終わる。
 レスターに言ったように、私は食べ物や飲み物を口にする気はなかった。そしてこの後の行動は決めていた。

「王配候補になった時に聞いたことがあります。代々、王は赤い目の者が多かったそうですね。その赤い目を無能と呼ばれるアーシュラ殿下が受け継いでいるのが特に気に入らないとおっしゃっていました。あとは身内に無能がいるなんて許せない、王家の恥だと」

 赤い目は王の証、少し前まで言われていたことだ。私が無能だと周知される前まで。赤い目を受け継いだのは私にはどうしようもない。この目があげられるなら、いくらでもリリアナにあげたのに。

「魔法が使えると、魔法を使えない者を軽視してしまう傾向があります。私も以前まではそうでした。今回、魔力ナシになってみて身に沁みました。殿下はずっとあの視線と陰口に耐えていたのですね」

 私が口角を上げるのと同時に、とうとう曲が終わった。
 レスターがどう動くのかは知らないが、私はこの後の行動をもう決めている。これが、無能な私の殺し方。きっと、今日でなければ私は殺せない。

「ねぇ、レスター。無能は生きている価値がないと思う?」
「私は元々そちら側に近かったのですが今は思いません。思いたく、ありません」

 レスターはまた悲し気に笑った。なぜ私たちはやり直しているのか、なぜレスターが魔力を失ったのか私には分からない。

「じゃあ、私のことを信じていて」

 レスターの腕に添えていた手を放すと、私は背を向けて玉座の方に歩き始める。

「アーシュラ殿下?」

 レスターの困惑したような声が聞こえたが、無視した。どうか、今日だけは私を信じて庇わないで欲しい。
 会場の隅からダグラスも動いていたが、それも無視する。私は玉座の近くまで行くと、父と母の前で礼を執った。

「陛下、リリアナの誕生日ですので私から余興を披露したく存じます」
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