無能な私の殺し方~四度目の王女アーシュラは死を希う~

8

 国王である父は私を無視したいようだったが、周囲の視線がすでに集まっていたため「何だ」と答えた。

「私とリリアナの決闘などいかがでございましょう。楽しんでいただけるはずです」
「魔力暴走を起こして祝いの席を台無しにするつもりか?」
「いいえ。最近暴走まではいきませんし、それにここには大変優秀な貴族の方々がいらっしゃるではありませんか。彼らに結界や障壁を張ってもらえばいいだけのこと。私の魔力暴走くらい彼らは防げるでしょう? それに、万が一怪我人が出てもリリアナが治癒できますでしょう」
「祝いの席で決闘だなんて」

 考え込んだ父に母が非難を滲ませた声を上げる。母は私を生み「無能を生んだ」と散々なじられたと聞いているからこの反応も仕方がない。リリアナが生まれてからは手のひら返しをされたようだが。

 魔法使いの決闘は野蛮でもなんでもなく、正式な習慣だ。いくら国王でも断るには相応の理由がいる。それに、周囲で聞いていた貴族たちは決闘を期待するような会話をすでに始めているのだ。
 面白くて仕方がないだろう、無能な私が魔法の決闘を提案するだなんて。

 父は少し考えて、護衛騎士を呼びつけ何か指示を出す。
 護衛騎士たちが動いて中央にスペースを作り、高位貴族で魔力量が多いものたちが結界を周囲に展開し始めた。友人たちと喋ってご満悦だったリリアナも呼ばれた。

「え、決闘?」

 リリアナの高めの声が響き、彼女は私を信じられないという目で見た。女王になれないことは明白なので、気でも狂ったと思われているのかもしれない。

 いいじゃない、リリアナ。私のことが殺したいくらい嫌いなんでしょ?
 決闘では対戦相手を失神・気絶・戦闘不能にすればいい。最悪、死亡させても罪には問われない。そうなる前に誰か止めるだろうが。
 リリアナは少し考えたようだが、貴族たちが結界を張っているのを見て頷いて中央のスペースに進み出てきた。

「あぁ、忘れていたわ。誰か私に杖をかして下さらない? 私、持っていないのよ」

 古い杖は離宮に転がしてある。あれは家庭教師を丸焦げにした時に持っていたものだから、今日持つのはやめておこうと思ったのだ。私に杖は要らないし、最悪その辺のフォークやスプーンで代用してもいい。気が狂ったと思われて舐められる方が都合がいい。
 他人の杖をかりるという行為は、魔法使いにとっては恥だ。自分の杖に皆誇りを持っているから。

 狙い通り、失笑が巻き起こる。

「とうとう、無能な王女殿下は気が狂ったようだ」
「魔力暴走でも起こすつもりかと思ったが」
「まぁ、お姉さまは私の誕生日を本当に余興として祝ってくださるのね」

 リリアナまで笑う。

「予算がないから贈り物ができなくて。私にはこのくらいしかリリアナにお祝いができないのよ」

 リリアナに適当に言葉を返す。失笑の中で慌てたように進み出てくれたのはやっぱりレスターだった。

「殿下、私の杖をお使いください」
「あら、ありがとう」

 周囲に貴族たちがいるから、レスターは質問したくても何も聞けないようだ。アクアマリンのような目には心配と恐怖が見える。比較的短い杖に手を伸ばして、レスターの指と触れあった。大丈夫という意味を込めたが、伝わっただろうか。
 ダグラスも信じられないという表情で私を見ている。

 私は数多の視線を感じながら、リリアナの待つ中央までレスターの杖を持って歩いて行った。途中で給仕が水を薦めてきたが断ろうとして、やはり考え直して口をつける振りだけした。

 リリアナと向かい合い、杖を胸の前で持って礼をする。これは決闘のマナーだ。
 顔を上げるとリリアナは笑っていた。私のことを無能で可哀想だと思っている笑い方だ、目には隠しようのない蔑みが見える。

 礼をした後はお互い決められた位置まで歩いて行って、距離を取ってからまた向かい合う。歩いている間に顔が見えた参加者たちはリリアナと同じような笑みを浮かべていた。唯一違うのは、レスターが心配そうに私を見ていることだろうか。もう一つの強い視線はダグラスだろう。

 リリアナの杖は私の胸のあたりに突き付けるように向いている。でも、私は口の前で杖をまっすぐに保持したままだった。

「始め!」

 いつの間にか決まっていた審判役の貴族の号令が聞こえる。
 リリアナの杖から水魔法が迸った。治癒魔法を使える者は大抵の場合、水魔法が得意なのだ。

「結界」

 私はぼそりと呟く。杖で口元をなるべく隠しているが、このくらいならバレないだろう。
 リリアナの水魔法はたくさんの魚の形を象って、私の方に向かってくる。しかし、結界に弾かれて魚は破裂しただの水の塊になって周辺をぼたぼたと濡らした。

 リリアナは目を細めて怪訝そうな表情をしたが、再度水魔法を放つ。この感じだと審判はリリアナと親しい貴族だろう。リリアナは最初から手加減する気はないようだし、魔力が完全に回復していない私に大きな怪我でも負わせる気だろう。最悪の場合、殺すのか。さっきの水で少しは毒を飲んだと思っているだろうし。

 大きな龍の形になった水の塊が私に襲い掛かってくる。観客となった貴族たちはリリアナの見事な水魔法に歓声を上げ、私の結界が水龍を難なく弾くと野次が飛んだ。

 何度かそれを繰り返す。リリアナの治癒魔法以外は正直初めて見たのだが、私もそろそろこの展開には飽きてきていた。リリアナは水魔法が一番得意ということはよく分かった。

 貴族たちからも段々つまらないという不満の声が上がり始める。

「火球」

 私はそれっぽく杖を振って小さく告げた。
 私の周辺に小さな火球が数えきれないほど出現する。魔法が使えないはずではとどよめく貴族たち、そしてリリアナも驚いている。

「行け」

 またもそれっぽく杖を振ると、火球が一斉にリリアナに襲い掛かった。リリアナは焦ったように杖を滅茶苦茶に振って水魔法を展開している。
 知らなかったのだが、彼女は結界魔法を使えないらしい。

「凍れ」

 火球に水魔法を当てて消しているが、私は消火を邪魔するようにリリアナの水魔法を凍らせた。避けきれなかった火球がリリアナの体に火傷を負わせ、見事なドレスを焦がす。

「火龍」

 さっき見た水龍が素敵だったので、私も真似して出してみた。リリアナよりも大きなサイズの龍を象った火魔法だ。

 まだリリアナが火球に苦戦している間に、私は火龍をリリアナに向けて放った。貴族たちは悲鳴を上げる。
 リリアナは変わらず焦った様子で杖を振る。鉄砲水のような攻撃が私の持つ杖を目掛けて飛んできた。攻撃に転じた時に結界は解除していたので、私の手に勢いよく水が当たってレスターの杖が落ちる。

 リリアナが「やった」という顔をし、私の魔法にポカンと口を開けていた貴族たちは我に返ったようにリリアナを応援し始める。
 私は手の水を払いながらレスターを探し、見つけると笑った。彼だけはリリアナを応援していなかった。レスターは皆が熱狂する中で私だけを射抜くように見ていた。

「燃えろ」

 すぐにリリアナの方に顔を向けて、そう叫ぶ。
 リリアナがいる場所に一瞬で火柱が上がった。何が起きたのかも分からず、悲鳴さえ上げる暇もなかっただろう。

 一瞬の静寂の後「は、早く火を消せ!」「リリアナ!」という国王と王妃の声で我に返った者たちが水魔法を繰り出し始めた。

 私はリリアナに向かってさらに火球を放つ。

「アーシュラ! 何をしている! これ以上はやめぬか!」
「決闘終了の合図が聞こえませんので。これはルールですから」

 審判が決闘終了と勝者を宣言するまでは攻撃を続けていいというルールだ。

 国王の言葉に、レスターの杖を魔法で引き寄せながら答える。
 私の火魔法は強力なので数人がかりで消火しているがなかなか消えない。国王が審判役を睨むと、審判役の貴族は慌てて私が勝者であることと決闘終了を宣言した。

「し、勝者……アーシュラ・ウィストリア殿下!」

 結界が解かれ、貴族たちがリリアナに杖を向けてありったけの水魔法をかけている。
 私は杖についてしまった水滴をドレスで拭いながら、レスターのところに行く。

「杖が濡れてしまったわ」
「そんなこと、どうでもいいですよ……」
「行きましょう」
「どこへ?」
「ここじゃないところ」

 振り返ると、リリアナの消火は終わっていた。
 今度は皆が必死に治癒魔法を使っているのだろう。死なないように加減はしたから、家庭教師と同じように火傷の跡が残るくらいではないだろうか。
 それを見るたびにリリアナは自分の魔法が及ばなかった今日のことを思い出すだろう。無能な私に全く歯が立たなかったことを。自分こそが散々バカにしていた無能であると突き付けられた時に、リリアナは何を思うのだろうか。

 レスターの腕を引いて会場を歩くと、貴族たちが自然と私たちのために道を開ける。
 割れた人垣の中の悠々と歩いて、会場の外に出た。
 まだ目の前で起きたことを皆受け入れられていないだろう。だから、私が会場から出ても何も言われなかった。正気に戻ったら捕まるかもしれない。

 会場の扉に念のために封印をかけ、レスターに向き直った。
 彼は泣きそうであるような、それでいて嬉しそうであるようなおかしな表情をしていた。

「どうしてそんな顔をしているの」
「殿下が近くにいるのに、遠い気がして……いえ、殿下は今日示されたのです。ご自分は無能ではないと」
「そうね、無能な私は今日で終わりにするの」

 レスターの腕を取って再び歩き始める。静かな廊下に靴音が響いた。しばらく歩いて、レスターが口を開く。

「では、今日で殿下とはお別れですね」
「どうして?」
「無能をやめた殿下の側に魔力ナシの私のような無能は必要ないでしょう」
「私は女王になったわけでもないのに?」
「あれほどの魔法を見せつけたのですから女王の座は回ってくるはずです。それにリリアナ王女殿下にはきっと後遺症が……」

 階段を下りながらそんな話をしていて、私はふと立ち止まった。
 窓から半分欠けた月が見える。

 レスターが話してくれていたのに、私にはずっと不自然に聞き取れない彼の言葉があった。それが今、はっきりした。私は聞きたくなかったのだ。聞く資格がないと思っていた。

 一度目の人生は頑張っていれば誰かが愛してくれると期待して、ボロボロになった。二度目も私は空っぽの両手を広げて愛を待っていた、それはダグラスだけに期待していた。でもやっぱり殺された。
 三度目では希望が打ち砕かれた。私はどんなに頑張っても無能で誰からも愛されない、死んだ方がいい存在なのだと思った。
 でも、四度目の今回はレスターがいた。彼だけが森の中まで入ってきてくれた。私の隣に並んでくれた。だから私は生きていてもいいと少しは思えたのだ。

「あなたは、私のために時間を巻き戻したの? 三度も」

 気付いたらそう口にしていた。
 レスターは最初からおかしかったのだ。魔力を失っていることを筆頭に。

 私が止まったことに気付かず先に行ったせいで二段下にいるレスターは、こちらを見上げてまたも悲し気に微笑んだ。

「実は今回まで気付きもしませんでした。殿下が生きてさえいてくだされば、この国なんてどうでもいいということに。一度馬車の中の殿下を見かけただけだったのに、殿下の後を追っている自分に気付きもしませんでした。巻き戻しのために魔力を捧げて失い、無能になってみて私は初めて気付いたのです」

 彼のいる段まで私は下りた。踵のある靴なので危なっかしかったのか、レスターが支えてくれる。
 ダグラスの求婚とは全く別の言葉に聞こえる。肝心の言葉をレスターは口にしていないのに、私の耳にはとても都合のいい言葉に変換されて届いた。

「私が何度でもあなたに言うわ。レスターは魔力がなくても生きている価値があるって」

 レスターの薄い唇を指で撫でて、そっと彼の首の後ろに両手を回す。
 私はこれから逃げようと思っていた。とりあえず追手が来るまでは逃げようと。だからこんなことをしている場合ではない。でも、彼に伝えておきたかった。
 捕まるのか、女王になるのか分からないけれどレスターが一緒にいてくれるなら私は何でも良かった。

 レスターが唾を飲んだのが分かる。それほど近い距離に私たちはいた。油断したら心臓の音まで聞こえそうだ。
 しばらくして、彼の手が私の頬に触れたので目を瞑る。

 無能な私を殺したのはさっきの決闘ではない。魔法が使えない無能な自分、過去の自分を許していくこと。レスターに「生きている価値がある」と伝えることで私は自分を許していける。彼がいないと私は自分を許せない。

 これが、無能な私の殺し方。
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