シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
「ランベールありがとう! それに、なんだか魔法をかけてもらっている間、ポカポカしてとても気持ちよかったの。ランベールが、私の魔力が心地よいって言っていたのはあんな感じなのかしら?」

 お礼を言うとランベールは少し朱に染まった顔の口元を片手で隠して、そっぽを向いてしまう。この仕草は照れている時のものだと分かっているので、構わずに続ける。

「魔法って掛けられると心地良いものなのね」
「……いや、それは魔力にも相性の良し悪しの問題があって。心地よく感じるのは、魔法をかけるついでに魔力を流してやっているからで……」

 何やらゴニョゴニョと小声で話されるので、聞き取れなかった私は聞き返そうとしてランベールに近寄り、ローブの袖を掴んだ。

「ごめんなさい、聞き取れなかったからもう一回言ってくれる?」
「……独り言だ、気にするな。それよりも目が疲れたのならば、そっちも直してやる。目を瞑れ」

 そう言われるので特に何も思わずに言われたままにすると、右瞼に柔らかい感触が降ってきた。そしてそこから先程と同じように熱が広まる。

「え。……えぇっ!? ランベール、今──」

 私の気のせいでなければ、今瞼に触れた感触は……唇だったように思う。どう考えても治療に口付けは不必要。それでも瞼からじんわりと顔全体に広がっていく魔力の温もりが心地よくて……私の中には恥ずかしさと快感が入り乱れる。そんな表情を見られたくなくて、私は思わず両手で顔を隠した。

「心地良いだろう? 相性の良い魔力は注がれれば全身を駆け巡り、自己の魔力が欠乏した部分へ流れ込んで収められる。それを心地良さとして感じるんだ」
「そ……そんなことが起こっているのね? 魔法って奥深いわ」

 私は必死に平常心を装う。
 
「魔法使いの基礎だぞ。と思ったが、リエラは学校に行っていないのだから、知らなくて当然か。……人間が恋をして相手を知り最終体を重ねて愛を確かめ合うように、魔法使いはお互いの魔力の相性を知ってその魔力を流し合って愛を深める。それくらい自然で、当たり前のことだ」

(……え? じゃあ今『治療』という名目で魔力を流されたのは、何?)

 とんでもない発想に行きつきそうになった私は、ブンブンと頭を横に振って誤魔化した。 
 
「ランベールは付喪神なのに、魔法使いに詳しいのね! 誰か詳しい人がいて、教えてもらったの?」
「これ程魔法を使っているのに、まだそのツクモガミ設定は生きていたのか。そのツクモガミが何なのかはいまいち良く分からないが……私は神ではない。ただの一人の人間で魔法使いだ」
「そう、人間……え!? 人間!?」

 魔法使いというのはまだしも、人間だという発想は無かったので、驚いて大きな声を出してしまう。

「何をそんなに驚いている? どこからどう見ても人間だろう」

 なら私が「ツクモガミさん」なんて頓珍漢な名前で呼び始めた時に訂正して欲しかったし、もっと早くに説明してほしかった。それを「面倒くさい」で済まさないで欲しい。それに……

「……ドアマットの時点で人間だとは思わないわ」

 ドアマットの姿をしているのが、そもそもおかしい。

「やっぱりその話題に戻ってしまうのか。面倒だが話すしかない……か」

 今まで絶対に教えてくれようとはしなかった話題をランベールが話し始めたその時だった。屋敷の窓が勢いよく開く音が響く。それと同時にランベールは即座にその姿をドアマットに変えて、空中に大きなドアマットが現れた。そしてバンッと音を立ててそれが地面に落ちた瞬間に、継母の怒鳴り声が空から私を襲った。
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