シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
「……え」
「何だい? どうして火が消えたの!?」
「奥様、なぜか火が付きません」

 使用人の一人が再度火をつけようとしても、どうしてか火がつかない。
 黒く汚れたドアマットからは、何もかも拒絶するかのような威圧感が放たれており、室内を気味の悪い静寂が包み込んだ。

「奥様、これは随分と昔からこの屋敷にあるものです。もしかすると、今までにも処分しようとしたのに出来なかったとか、曰く付きのものかもしれません。一度旦那様に聞いてからにした方がよろしいのでは?」
「……リエラ! これで何か起こったらお前のせいだよ。責任を持ってそのドアマットを片付けて、二度と私の目に入らないように!!」

 継母はそう言い捨てると、使用人達を引き連れて自分の部屋へと引き上げていった。

「ランベール、ランベール!!」

 継母達がいなくなったのを確認してから、私はランベールを暖炉から引きずり出した。すっかり黒ずんでしまったドアマットからは、いつも通りのランベールの声がする。

「そう慌てなくていい。私がこれくらいで燃えるわけがないだろう」
「ランベール……! 怖かった……私のせいでランベールが死んじゃうと思って……怖かった!」

 ポタポタとドアマットに涙が落ちて、その部分だけ煤が浮く。そんな私の様子を見たランベールはその姿を人間へと変えて、暖炉の中から自力で出てくる。そのローブは焦げた上に煤と灰にまみれているが、怪我をしている様子はなかった。
 
「ほら、心配せずとも無傷だ。少々ローブは焦げたが、これは私がリエラを足蹴にしたあの女に呪いを掛けていたから、少々対応が遅れただけ。気にするようなことではない」
「の、呪い……?」
「悪い方に転ぶように念じて掛ける魔法のことだ。あまり酷い内容だとリエラが気にするだろうから、舞踏会で食べ過ぎてドレスの全てのボタンが四方八方に飛んでいく呪いを掛けておいてやった」

 思わずその姿を想像してプッと笑ってしまう。ランベールは優しげな表情を浮かべて、そんな私の頭を撫でた。

「私を助けようと、継母の前なのに魔法を使おうとしただろう? 目立つのが嫌いなリエラが私のために動こうとしてくれたのが……嬉しかった」
「でも、結局私は何も出来なくて……」
「結果ではなくて、私はリエラの気持ちが嬉しかったのだ」
 

 その後私は継母から罰として自分の部屋に閉じ込められた。当然その閉じ込められている最中も、頼まれていたドレスの直しや他の針仕事などをさせられたのだが。……心の奥ではずっとランベールの事を考えていた。
 
 私は、ランベールが好き。

 その気持ちに気がついてしまった私は、彼の魔法の温もりを思い出して、ギュッと手を祈るように合わせる。
 
 願えば叶うのが『魔法』であるならば。私には……やっと、どうしても叶えたい願いが出来たの。

『これからもずっとランベールと一緒にいられますように』

 その言葉は白い吐息と共に、暗闇に溶ける。
 彼と一緒に過ごすあの時間が、私には何よりも大切。だから私には、彼と一緒に送る楽しい未来図を想像できる。思い願うことが出来る。
 これは私が初めて心から願った、魔法だった。
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