シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
「ただ外に出られなかっただけで、酷い目には合ってないわ。心配してくれてありがとう」
「それでも、殆ど食事も取らせてもらえなかっただろう」
「え? どうしてそこまで知って……」
「この屋敷のことなら、まぁある程度分かる。口に蓋が出来ない使用人達も多くいるしな。……魔法が使えるリエラなら大丈夫だろうとは思ったが、それでも気落ちしているのではないかと心配だった」
実際私は気分が落ち込んでいたのだが、それはシンデレラの展開を回避したいという思いだったり……ランベールに会えなかったことが原因だ。
「私が年配者としてもっと上手く立ち回ってやればよかったなと、数日間裏口付近に寝転がりながら考えていた」
「……ふふ。面倒くさがりのランベールが、何日も私の事を考えてくれていたの?」
「私だって、何もかもが面倒な訳ではない。それで詫びとして、リエラに気晴らしを提案したい」
「気晴らし?」
意味が分からなくて首を傾げた瞬間。私の体はキラキラとした粒子が混じった光に包まれる。そしてその次の瞬間には──
「嘘……」
穴を繕ってある麻のワンピースは、水色から薄紫へとグラデーションのかかったドレスになり、当然靴はクリスタルのような透明感のあるガラスのハイヒール。鏡が無い為手触りでしか確認できないが、燻んだブロンドの髪も編み込み混じりで結い上げられて髪飾りが付いているようである。
そして胸元はランベールの髪色のような銀製のアクセサリーで飾られていて。その中心部には彼の瞳を思わせる金色……いや黄色の宝石が輝いていた。
趣味の良い上品な様相。
本来なら感動し涙するであろう所で……私の心は絶望に染まった。
「……う、そよね。え……?」
「うん、我ながら上出来だ。リエラも伯爵令嬢だから行きたいだろう? 気晴らしで行ってくるといい、舞踏会に」
違う、行きたく無い。
私はシンデレラにはなりたくない。
「生憎私は今の時代の男達の好みは知らんが……私が王城にいた時代なら、太鼓判を押してやれる可愛さだ。自信を持っていい」
行きたくないのに……それでも、あの至極面倒くさがり屋のランベールがここまで飾ってくれたのだ。彼の善意を無駄にはしたくない。
わなわなと震える唇は開いては閉じるの繰り返し。「行きたくない」の一言が口に出来ない。『魔法使いのお婆さんが出てきたって、何も受け取らなければいいのよ』なんて単純に考えていたのに。ランベールに飾られるだけで……私は何も拒絶できなくなる。
まさかランベールが、シンデレラストーリーの中の「魔法使い」だったなんて。ただの怠惰なドアマットに見せかけておいて、こんな事って……。
「リエラ?」
何も言わない私を疑問に感じたのだろうか。不思議そうな声で問われる。本当の事を言うなら今だ。
──今だったのに。
「緊張しているのか、まぁ無理もない。おいで」
ランベールは私の手を取り自身の体に引き寄せて、ダンスを踊るかのようにくるりと回転する。魔法で作られたドレスは、紫の花が開花するかのようにふわりと広がった。
「ここだけ春になったかのようだな。綺麗だよリエラ。私の渾身の魔法を、皆に見せつけて来てくれ」
そう優しく微笑まれてしまったら。……本心なんて、言える訳が無かった。
だから私は王城へ向かう。全ては──ランベールのため。
……でも、私は絶対にシンデレラにはならない。ランベールと一緒に生きる。だから、どうにかしてチャーミング王子に会う事だけは避けなくては。
そんな事を考えながら、私は前世と同じように笑顔の仮面を貼り付けて……にっこりと微笑んだ。
日本で子役時代から培った技術は、ランベールであってもそう簡単には見破れまい。
「ありがとう。面倒くさがりのランベールがここまでしてくれるなんて、驚いて声が出なかったわ」
「……リエラを飾るのが面倒な訳がないだろう。魔法で王城まで送ってやるから楽しんで来るといい。ダンスなんてどっちでもいいから、ちゃんと腹一杯食事をしてくるのだぞ。あ、ついでに継母のドレスのボタンが弾け飛ぶのも見てくるといい」
ランベールは私の保護者のつもりなのだろうか。最後の言葉にクスッと笑ってしまった所で、私の体をポカポカした優しい風が包み込んで。次の瞬間に私は煌びやかな王城の中、シャンデリアが輝き優美な音楽の流れる広間に立っていた。
「それでも、殆ど食事も取らせてもらえなかっただろう」
「え? どうしてそこまで知って……」
「この屋敷のことなら、まぁある程度分かる。口に蓋が出来ない使用人達も多くいるしな。……魔法が使えるリエラなら大丈夫だろうとは思ったが、それでも気落ちしているのではないかと心配だった」
実際私は気分が落ち込んでいたのだが、それはシンデレラの展開を回避したいという思いだったり……ランベールに会えなかったことが原因だ。
「私が年配者としてもっと上手く立ち回ってやればよかったなと、数日間裏口付近に寝転がりながら考えていた」
「……ふふ。面倒くさがりのランベールが、何日も私の事を考えてくれていたの?」
「私だって、何もかもが面倒な訳ではない。それで詫びとして、リエラに気晴らしを提案したい」
「気晴らし?」
意味が分からなくて首を傾げた瞬間。私の体はキラキラとした粒子が混じった光に包まれる。そしてその次の瞬間には──
「嘘……」
穴を繕ってある麻のワンピースは、水色から薄紫へとグラデーションのかかったドレスになり、当然靴はクリスタルのような透明感のあるガラスのハイヒール。鏡が無い為手触りでしか確認できないが、燻んだブロンドの髪も編み込み混じりで結い上げられて髪飾りが付いているようである。
そして胸元はランベールの髪色のような銀製のアクセサリーで飾られていて。その中心部には彼の瞳を思わせる金色……いや黄色の宝石が輝いていた。
趣味の良い上品な様相。
本来なら感動し涙するであろう所で……私の心は絶望に染まった。
「……う、そよね。え……?」
「うん、我ながら上出来だ。リエラも伯爵令嬢だから行きたいだろう? 気晴らしで行ってくるといい、舞踏会に」
違う、行きたく無い。
私はシンデレラにはなりたくない。
「生憎私は今の時代の男達の好みは知らんが……私が王城にいた時代なら、太鼓判を押してやれる可愛さだ。自信を持っていい」
行きたくないのに……それでも、あの至極面倒くさがり屋のランベールがここまで飾ってくれたのだ。彼の善意を無駄にはしたくない。
わなわなと震える唇は開いては閉じるの繰り返し。「行きたくない」の一言が口に出来ない。『魔法使いのお婆さんが出てきたって、何も受け取らなければいいのよ』なんて単純に考えていたのに。ランベールに飾られるだけで……私は何も拒絶できなくなる。
まさかランベールが、シンデレラストーリーの中の「魔法使い」だったなんて。ただの怠惰なドアマットに見せかけておいて、こんな事って……。
「リエラ?」
何も言わない私を疑問に感じたのだろうか。不思議そうな声で問われる。本当の事を言うなら今だ。
──今だったのに。
「緊張しているのか、まぁ無理もない。おいで」
ランベールは私の手を取り自身の体に引き寄せて、ダンスを踊るかのようにくるりと回転する。魔法で作られたドレスは、紫の花が開花するかのようにふわりと広がった。
「ここだけ春になったかのようだな。綺麗だよリエラ。私の渾身の魔法を、皆に見せつけて来てくれ」
そう優しく微笑まれてしまったら。……本心なんて、言える訳が無かった。
だから私は王城へ向かう。全ては──ランベールのため。
……でも、私は絶対にシンデレラにはならない。ランベールと一緒に生きる。だから、どうにかしてチャーミング王子に会う事だけは避けなくては。
そんな事を考えながら、私は前世と同じように笑顔の仮面を貼り付けて……にっこりと微笑んだ。
日本で子役時代から培った技術は、ランベールであってもそう簡単には見破れまい。
「ありがとう。面倒くさがりのランベールがここまでしてくれるなんて、驚いて声が出なかったわ」
「……リエラを飾るのが面倒な訳がないだろう。魔法で王城まで送ってやるから楽しんで来るといい。ダンスなんてどっちでもいいから、ちゃんと腹一杯食事をしてくるのだぞ。あ、ついでに継母のドレスのボタンが弾け飛ぶのも見てくるといい」
ランベールは私の保護者のつもりなのだろうか。最後の言葉にクスッと笑ってしまった所で、私の体をポカポカした優しい風が包み込んで。次の瞬間に私は煌びやかな王城の中、シャンデリアが輝き優美な音楽の流れる広間に立っていた。