シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
 男性の足を踏むこともなく、無事踊り終わった直後。フッと安心して息をついたところで、誰かに後ろからドンっとぶつかられた。どうやら他のご令嬢にぶつかられたようで、彼女の持っていた飲み物でドレスの後ろ側に大きくシミが出来てしまった。

「あらぁごめんなさい。どこのどなたか分からないけど、王子様がお連れの方にぶつかってしまうなんて……私ったら本当ドジだわ」
「──っ、義姉……」

 言いかけた所でハッとして自分の口を塞ぐ。ここで私は自分の身分を明かしてはならない。特に義姉様達にここに居たことを知られてしまえば、家に帰ったあとどのような目に遭うか分からない。先日継母にランベールを暖炉に投げ入れられてしまった件もあり、私は自分の行動がランベールを危険な目に遭わせてしまうことも危惧していた。

 しかし先ほどの義姉様の言葉を脳内で反芻して、とある一点が引っかかる。
 
(……待って。義姉様、今『王子』って言わなかった?)

「汚してしまって申し訳ないから、このドレスうちのアストル家でクリーニングさせて貰いますわ。私と一緒にこのまま控え室へ──」
 
 義姉様がまだ話している途中であるが、私は一緒に居た男性に抱え上げられる。ふわりと体が宙に浮く感覚に驚いて肩を跳ねさせれば、私を抱いたままの男性は眼鏡の奥の瞳を細めてフッと朗らかな笑みを溢した。

「驚かせて申し訳ない。折角の素敵なドレスでしたが、汚れたままではいけない。着替えは私が用意しましょう」
「お待ちください! 私の話も聞いてくださいませ!」
 
 そこへ義姉様が、その男性の腕に纏わりつくようにして絡みついてくる。私はその男性に抱かれたままの状態なので至近距離で義姉様と接することになり、正体がバレないように必死で顔を背けた。そのせいで男性の胸元に顔を埋めることになり、頭上から予期せぬ「可愛……」という声を浴びる。
 
「チャーミング王子! 私アストル伯爵家の──」
「レディー。私は貴女の過失を責めませんから、貴女の名前は頂きません。私はこのまま退出してこの場にはもう帰って来ませんが、どうぞ引き続き舞踏会をお楽しみください」

 その穏やかな言葉選びとは裏腹に、声色からは背筋がゾクっとするような恐ろしさを感じる。そして、先程まで朗らかだった目元は……まるで汚いものを見るかのように義姉様を見下ろしていた。
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