シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
「さてと。じゃあお水を絞って干してあげなきゃ」

 綺麗になったドアマットを四つ折りにしてぎゅうぎゅう押さえつけ水分を絞り、よいしょと持ち上げて物干し竿にかけた。お洗濯の魔法は自力で編み出したので問題無く使えるのだが。……生憎、水を絞る魔法や洗濯物を干す魔法は分からない。だから冬の冷たい水が、指先にジーンとした痛みを走らせた。痛みを誤魔化すために、指先にハーっと息を吹きかける。

「──お前の魔力は心地良いな」
「え?」
 
 どこからか声を掛けられた気がして辺りを見渡すが……誰もいない。ただ水を吸った重いドアマットから、ピチョンと水が滴っているだけである。

「……気のせいかしら」 
「気のせいではないぞ」

(誰もいないはずなのに、男性の声がする!?)

 私は怖くなって肩を震わせながら身を小さくした。そんな私の様子をどこからか見ているのか、クツクツと笑う声が聞こえてくる。

「すまない。そこまで怖がらせるつもりはなかったのだが」
「……もしかして、ドアマット?」

 干してあるドアマットを注視しながら問いかけると、丁度その方向から返事が返ってきた。

「そうだ。ようやく分かったか」

(ドアマットが喋っている……!?)

 意味が分からない。それでも確かにドアマットから声がしている。訳がわからなくてまだ表面の濡れているそれに触れると、続けて言葉が発せられた。

「しかしお前の魔法、基礎が成ってないな。誰に習った?」
「ヒッ!? こ、これは自己流で……」
「そうか自己流か……って、自己流!? ハァ……お前、魔法使いなのに学校に行ってないのか。あの学校は身分に関係なく全ての魔法使いの卵達を慈しむために作られたというのに」

 思わず「ごめんなさい……」とドアマットに対して謝る。私は何故ドアマットにまで頭を下げているのだろう。

「別に私は謝って欲しくて声を掛けた訳じゃない。ただお前の魔力が心地よくて……礼を言いたかったんだ。ありがとう」

 お礼を言われるだなんて、一体いつぶりだろうか。継母が来る前、実の母親が生きていた時以来ではないだろうか。
 
 そのたった一言の礼が私の心の中に優しく浸透していって。心に染み渡った後に、ぽたりと溢れた雫は涙となって私の目から溢れ出た。
 大きな不満を抱えて生きてきた訳ではなかったが、人からの優しさという成分が枯渇してしまっていた私の心には大きすぎる優しさだった。
 ツギハギだらけのワンピースの袖でそっと目頭を押さえて、ドアマットに笑顔を向ける。

「こちらこそ、優しいお言葉をありがとうございます……えっと、ドアマットの付喪神さん?」

 日本では、百年を経た物には魂が宿るとされていた。見たところ古いドアマットのようだったし……物が喋るという怪奇現象を説明するには、そのように考えるのが自然だ。
 
「ツクモガミ?」
「ええ、ドアマットに宿る神様のような存在なのかと思ったのですが……違いましたか?」

(あ……この世界は西洋風の文化なのだから、付喪神ではなくて妖精や精霊といったファンタジー色のあるモノの方が近かったかも)
 
「……まぁ説明するのも面倒だから、ツクモガミでも何でも良い。何百年も隠居していると、自分の正体なんてどうでもよくなるからな」

 発言を撤回しようかと迷っていると、ドアマットの方からそれでいいと返事が返って来る。
 そうして、ドアマットのように踏みつけられて暮らしてきた私と、ドアマットのツクモガミの奇妙な付き合いが始まった。
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