シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
「リエラは仕返ししてやりたいと思わないのか?」

 玄関ホールの床磨きを進めドアマットの近くまでやって来ると、小声でそう話しかけられた。私もキョロキョロと辺りを見渡して誰も居ない事を確認してから声を出す。

「そんな風には思わないわ。そりゃ殴られれば痛いけど、前世と比較すれば精神的にはこっちの方がよっぽど良いもの」

 いつの間にかドアマットの付喪神とは、何でも話し合える間柄になっていた。生い立ちから、今まで継母や義理の姉達からどのような仕打ちを受けてきたのかも。私が……前世で何を考え、命を絶ったのかも。皮肉な話だが、このドアマットの付喪神は、私に初めて出来た友人だった。
 
「じゃあ魔法学校には行かないのか? そうすれば打たれずに済むし、今後の生活も保障される」

 ドアマットの付喪神が私を心配して言ってくれているのは痛いほど理解できる。立場が逆なら私だってそうアドバイスしただろう。
 
「ええ……私は目立つのが嫌いだから魔法使いだと公言したくないの。それに、魔法学校は全寮制でしょう? そんな場所に行けばツクモガミさんとお話出来なくなるじゃない」

 ドアマットを持参すれば良いのかもしれないが、荷物でこんな大きなドアマットを持ってくる変わり者の生徒なんて居ないだろう。
 
「……私が理由か。面倒だから、とかでは無いのだな」
「面倒くさがりのツクモガミさんとは違うのよ? 私はもう目立つのは嫌なの」

 話す内に分かったのだが、ドアマットの付喪神は非常に面倒くさがりだった。日干ししてあげようかと提案しても、ブラシをかけてあげようかと気を使っても「面倒だから別に構わない」と言うのである。有無を言わせずに強制的に手入れしてあげれば「気持ち良い」とか言う癖に。……だから汚れで模様が見えない程になるのだと思う。
 
「しかし勿体無い。私は何百年も色んな魔法使いを見てきたが、恐らくリエラは鍛えれば優秀になる部類だぞ」

 ドアマットの付喪神はそう唸って……閃いたと言わんばかりに「そうだ!」と声をあげた。

「私が教えてやれば良いのか」
「え? ツクモガミさんは魔法が使えるの?」

 先程「何百年も色んな魔法使いを見てきた」と言っていたから、付喪神もそれほど長い年月を生きると魔法だって使えるようになるのかもしれない。

「私を何だと思っているんだ」
「面倒くさがり屋さんだと思っているわ」

 二人の間にしばし静寂が訪れる。

「……分かった。リエラ、今日の真夜中に此処に来てくれ」

 いつにも増して真剣な声色で言われたので、私は黙って頷く事しかできなかった。
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