シンデレラになりたくないドアマット令嬢は 、魔法使いとの幸せを思い願う
 いつもは眠っている時間にこっそりと自分の部屋を抜け出して、冷たい階段の手すりを掴んで降りる。自室の暖炉に火は入っていないので、真夜中に部屋を出たって特別寒いとは思わない。ただ皆を起こしてしまわないように、慎重に音を立てぬよう歩いて玄関に向かった。

「ツクモガミさん」

 出来るだけ小さな声で呼びかける。すると、玄関という室内にもかかわらずふわりと風が舞う。夜間の為結っていなかった髪が、それに合わせてなびく。慌てて手で押さえたその瞬間、灰色のドアマットはその姿を男性に変えた。

「……え?」

 ドアマットと同じ灰色……いやそれより輝きを増した銀色の長い髪が、私の髪と同じく風に揺れる。纏っているのは、ドアマットと同じ金色のアカンサスの紋様が襟元に入った黒地のローブ。そして人間とは思えない金色の瞳が私を見据えている。しかも滅多にお見かけしないような鼻筋の通った美形で思わず言葉を失った。
 私が驚きから目をぱちぱちと二度瞬きする間に、その男性は私との距離を詰めてきて。風で乱れてしまった私の前髪を整えるように軽く手で何度か梳く。額に感じる感触は間違いなく人間の指先で、私はすっかり混乱してしまう。

「ツクモガミさん……なの?」
「──ランベールだ」

 それがドアマットの付喪神の名前なのだろうか。今まで『ツクモガミさん』なんて日本風な呼び名で呼んできたのに……この姿を見てしまえば、そのような清らかで神格化されたものではなく、むしろその美形と纏う雰囲気も相まって魔王の方が近いかもしれないとさえ思う。

「……お名前があるなら、初めに教えてくれれば良かったのに」

 色々と問いたい事は山ほどあるのだが。そう言うのが精一杯だった。

「説明するのが面倒くさかった」

 人の姿をとっても発言内容はドアマットの時と何ら変わりない。酷く面倒くさがり屋だ。
 ランベールは戸惑う私の手を取って、私を玄関の外へと導いた。

「来い。私が直々に魔法を教えてやろう」
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