虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢

11 キスしなきゃ駄目



 「特番ばっかりだけど、ちゃんと見るとなんか新鮮だね」
 「ええ、俺も親父について本部会館に詰めていましたからあまりテレビは見てなかったですね」
 「……虎治はさ、やっぱり私のとこじゃなくて本部の方に戻りたい、とか……思ったりする?」

 ソファーに並んで座りながらテレビを見ていたんだが……何を今さら仰るのか。女性の心は移ろいやすいってヤツなのだろうか。

 「千鶴さん、ちょっと良いですか」
 「え、ちょっ……とら?!う、わっ!!」

 軽く背中で受け身を取って、向かい合うように引き寄せた千鶴さんを俺の上に乗せて、抱き込む。確かにこの上っ張りは手触りが良いし千鶴さんからはやはり良い匂いがする。

 「むぐ、ぅ」

 ぽんぽん、と背中を撫でれば大人しくなった。

 「これが答えじゃいけねえですか」
 「うっ……だ、め……えっ、とね……」

 キスしなきゃ、だめ。

 少し体を起こして仰る千鶴さんの頬は赤く、瞳は真っ直ぐに俺を見つめてくれていた。まだ昼を回ったばかりですからね、手は出しませんが。

 さらさらの髪をすくように千鶴さんの頭に手をやれば、また体を落としてくれる。そのまま唇を滑らせていれば徐々にずっしりと俺の体に千鶴さんの体重が乗って……あったけえなあ、と思っているうちに千鶴さんから離れてしまった。

 「も……やめとこ、かな」
 「そうですね」

 本気で抱きたくなっちまう。
 でも、と俺は千鶴さんの体を離さなかった。
 もぞもぞと抜け出そうとするのを捕まえて、足を少し引っ掛けてみれば良い塩梅にソファーと俺との間に挟まってくれる。

 「これ、恥ずかしい……」
 「あったけえな、と俺は思います。千鶴さんは?」
 「え、わ、私?」

 あったかい、と呟くように言ういじらしさ。

 「俺もこう言うことは不勉強で……嫌だったら言ってください」
 「……嫌じゃ、ない。好き」

 それからはべったりと、千鶴さんは俺にくっついていてくれた。俺も俺で女性との付き合い方が……まあこう言うことに御託を並べちゃつまらねえ。やりてえと思ったことをすりゃあいい。

 「スーパー、今日が売り尽くしで三が日はお休みだからあとで行こ?」
 「餅は昨日、おかみさんから頂きましたが」
 「うん。色々買っておしることかお雑煮作ろうよ」
 「たまには……こんな年の過ごし方も良いモンですね」

 ソファーの前にあるローテーブルには食べかけの菓子に、マグカップが二つ。どちらも可愛らしい絵柄の千鶴さんの物だが俺が片方の、でけえ方を使わせて貰って。

 「ふふ……とら、いいにおい」

 完全に俺にめり込んじまった千鶴さんはしばらくしたあと、うとうとし始める。流石に寝づらいだろうし掛けるものを、と起き上がろうとすれば「なんか、安心しちゃって」と眠気の理由を言う。
 ベッドにあった毛布を掛け、俺は眠る千鶴さんを背にラグの上に胡座をかく。淹れ直した茶を飲みながら……俺も久しぶりにテレビ番組を見た。時々、様子を伺って振り向いてみればやわらけえ毛布に上手いことくるまって、猫みてえに眠る千鶴さんがいる。いるのは当たり前なんだけどな。

 「ふっ……」

 俺も、安心ってヤツを感じていますよ。
 夕飯は何にしましょうかね。肉にしましょうか。
 寝息も聞こえないくらい静かに眠る千鶴さんを背に、テレビを眺めながら考えていたのは親父やおかみさんにどう伝えようかと言う……煮詰まる前には俺も半分寝ちまっていた。

 背後でごそごそと動く気配。毛布を抱えてソファーから降りた千鶴さんが俺に掛けてくれようとしていた。

 「っわ、起きてたんだ」
 「ええ」
 「寒くない?」

 頷いて、見上げる。今日は最初から俺と買い物に行くつもりだったのか千鶴さんは薄化粧をしている。

 「暗くなる前に買い物、行きましょうか。それでなんか良いモン、作りましょう」
 「虎治なんでも作れちゃうタイプ?」
 「ええ、一通りの家庭料理ってヤツなら」
 「昨日みてて、すごい慣れてるなーって思った」
 「千鶴さんも手慣れて」
 「お母さんが厳しかったからね……厳しいって言うか、なんだろ。こんな稼業だから、何かあった時に食いっぱぐれないように一通り自立出来るようにしてくれたのかも。お母さん、ああ見えても筋金入りのゴクツマだもの」

 頷きながら聞いているうちに千鶴さんは俺が贈った上っ張りを脱いで、代わりに外出用のコートを羽織る。俺もコートを着るだけで済んじまうが、女性が出掛ける支度をするのを見させて貰うのはなんか……良いモンだ。

 「リップ塗るからちょっと待ってて」

 ああ、だからさっき千鶴さんの唇はしっとりとしていたのか。俺もひどく乾かねえ程度には塗るが、仕上がった千鶴さんの唇はほんのりと色が付いていた。

 「とら?」
 「あ、ああ……行きましょうか」

 俺は、その唇を喰らっちまったんだ。


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