虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢
3 都合が良すぎねえか
促されて、ラグの上に胡座をかかせて貰う。
「ふふ、いい香り」
酔っ払ってはいるが今夜は久しぶりに機嫌が良いな、と感じる。
ああ、やっぱりお嬢は笑っている顔のが綺麗だ。素っぴんてやつなんだろうが、俺はどっちのお嬢でも好き、だ……が?
「虎治どうしたの」
今、俺はなんと……。
「まさかの猫舌……虎だから?!」
「違います」
お嬢がいれてくれた茶はありがたく頂戴するが、こりゃあ早々に退散した方が良さそうだった。
なんとなく付けられているだけのテレビを眺めながら早く冷めねえかな、と思うくらいにはまだ熱い茶。酔い醒ましに隣でちびちびと味わっているお嬢はソファーではなく俺が座っている隣、ラグの上にいた。
「虎治はさ、私の面倒を見るのもちゃんと仕事って割り切ってるでしょ」
「ええ、それは……ボディーガードのような役割りだと」
「多分お父さん、私のこと……虎治のお嫁さんにしようとしている」
「な゛ッ……に言ってるんです、か……親父が、俺とお嬢を……?」
言葉が出ねえ。
「うん。お父さん、滅多に誉めたりしない人だけど虎治がお父さんの付き人してた時からいつも……今時、あんなに硬派なヤツはいない、って」
「そりゃあ有り難いお言葉ですが、それとこれとは話が」
「そう、だよね」
なんなんだこの展開は。
俺を見上げている寝間着のお嬢を、俺が、何だって?
「そんなの勝手な話しすぎだし、虎治に迷惑だから、ね……そう言うの、良くない。お父さんに言って虎治にはちゃんと今までの功績と見合う役付きにして貰って、私も本当……もう、誰かに面倒を見て貰う歳じゃないのに。うちの会社とは言え、働いてる内にあっという間に27になっちゃったし……」
「お嬢、酒の勢いにしちゃとんでもねえ話をしていますね」
「う、うん……まだ酔いがさめてないのかも。ごめん、今の忘れて」
「そりゃあ都合が良すぎねえか」
俺の言葉にお嬢が息を飲んだのがわかる。
それくらい、近い距離に俺とお嬢は座っていた。
「ごめん、ごめんなさい……私、駄目だ……虎治のことになると、なんかおかしい……」
「酒に飲まれちゃいけねえ、と親父はよく仰っています」
「へ……」
「差し出がましい話ですがお嬢の場合は食後の晩酌の方が体に合っているんじゃねえかと思います」
お嬢はつまみもあまり召し上がらずに酒を口にするのを知っている。だから良くねえ酔い方をしてるんだ、と言えば目をまん丸くさせ、しまいには茶を置いてラグの上に転がりだした。
「そんな所で横になっちゃあ風邪引きますよ」
「っふ、くく。うん、そうだね……ふふっ」
「大体お嬢、そんなタオルみてえな寝間着で寒くはねえんですか。風邪引かせたら俺の首が飛んじまう」
「じゃあさ、虎治……私、パジャマが欲しいな」
「は……」
「もうすぐクリスマスだから」
ごろん、と転がったお嬢が俺を見上げる。
確かに年の瀬、クリスマスと暮れと正月、と。お嬢にも忘年会のご予定が一件、そしてご実家の会長宅での内輪の飲み会も入っている。会社とは言っても会長の持ち物だから内輪っちゃあ内輪だが。
「あとねー」
「まだあるんですか」
「ケーキも食べたい」
可愛いお人だと思っていたが子供みてえな物をリクエストされ……俺が女性ものの寝間着とケーキを……しかしお嬢からの要望には応えてやるのが子分たる俺の勤め。
「虎治、顔がすごい怖い」
「寝間着とケーキ……」
かくして俺はお嬢へのクリスマスプレゼントを仕込まねばならなくなったわけだが……。
「お嬢、それ飲んだらちゃんと布団被って寝るんですよ」
「ん……そうする」
俺はやっと飲みごろに冷めた茶をあおるように飲んでお嬢の自宅から退散する。
寝間着とケーキ……お嬢の好みならある程度は把握しているが……。