虎治と千鶴 ―― 硬派なヤクザと初心なお嬢

7 なんも違いやしませんよ




 お嬢を連れたコンビニ。
 思っていたより混んではおらず……ついてきちまったお嬢は俺が何を買おうとしているかも知らずに缶ビールの棚を眺め、気に入りらしい銘柄を手に取っていた。俺も一応、熱燗にしようとカップ酒を一つと。

 「昼間の残りも少ないだろうから、虎治は何か食べる?あ、角煮の肉まん美味しかったから虎治の分も取っておいてあるの」

 ゴロゴロとカゴの中で転がる缶ビールと俺が選んだ酒の瓶。

 「今日は食が進みますね」
 「え、そ……かな。虎治がたくさん食べるから、つい」
 「良いことです」

 腹が減ってちゃ何もできねえ。
 何も……な。

 「さて、と……千鶴さん、菓子の類いは良いんですか」

 子供じみた軽い策で促して、俺から自然と離れたお嬢は「今夜は無礼講だもんね」と笑ってくれる。俺はそのまま今夜、お嬢に無礼を働く雰囲気になった時の為の礼儀を探しに他の棚へと移る。そうならなくとも構いやしないが、一応。あと、泊まるなら下着は確保しておきたい。

 千鶴さんは俺を好いて……そして会長、親父もそんな気があるのだとしても、だ。不義理だけはしたくねえ。もし、俺とそう言うことになって、土壇場になって千鶴さんの気が変わって怖がりでもしたら俺はこの役目を降りて別の部所に回して貰えりゃ……。

 俺は女性に対してこんな気を回したことがあっただろうか。過去には箔がつくから女を持て、と兄貴分から言われ……あまり俺の性には合わなかった。

 だが、どうだ。
 俺は今、一人の女性を意識しちまっている。

 会計も俺だけ並ぼうとした。
 だがお嬢は当たり前のように俺の隣に立っていて……特に気にも留めない店員が袋に入れる一箱と俺の替えの下着を目撃してしまう。お嬢とて経験が無くとも大人の女性。見なかったフリをしたのかすい、と視線を外した。

 「流石に冷えますね」
 「うん。暖房つけっぱなしで出てきちゃったけど正解だったかも」
 「お嬢も熱燗少しやりますか」
 「御相伴に預かります」

 クリスマス当日だからか、人通りも多い。

 「あ、でも先にお風呂入ろっかな」
 「じゃあ俺は飯と酒の支度してますんで……お嬢、歩きながらで失礼ですが本当に」
 「虎治」
 「はい」
 「好き」
 「俺もです」

 ひゅ、と冷たい空気を思いきり吸い込んじまったのかお嬢が噎せる。

 「と、ら……っ、ほんと?」
 「ええ」

 そうじゃなかったらゴムも下着も買いやしませんよ、と言うにはここは外だったので飲み込みながらお嬢と歩幅を合わせる。

 「長く硬派を気取ってましたが先日、千鶴さんに頼られた時からでしょうか……理性ってモンが揺らいじまったようです。仕事として割り切れなくなっちまった」
 「とら……」
 「風呂入って飯食いましょう。それからの事はその時に考えりゃ良い」

 頷いてくれたお嬢は「虎治って墨、入ってる?」と気軽に聞いてくる。流石、生まれも育ちも極道だ。

 「やっぱり……虎、とか?」
 「と、見せかけて猫かもしれませんよ」
 「ふふっ、あとで見せてね」

 お嬢は恥ずかしそうに笑った。
 俺とそうなっちまうことを考えての問答だったが、あともう少しでマンションのエントランスと言うところで足が止まる。

 「そうだ」
 「どうかしましたか」
 「虎治の着れそうなパジャマ、無い」
 「……無くても、良いんじゃないですか。肌着は買いましたが」
 「え、あ……あああ……そっか、そうでした……やだなあ、もう……私から思わせ振りなこといっぱいしちゃったのに」
 「一度、風呂に入ってさっぱりしましょうや」
 「ん。そうする」

 いささか、空回りと見る。
 だが俺はそんな千鶴さんの姿が可愛い、と思っちまったんだ。

 クリスマスの夜になんてなあ、とカップ酒を湯煎に掛けて熱燗にしたやつをお嬢と舐める。盃事(さかずきごと)の真似みたいだ、と思った。まあお嬢が親で、俺は子の身分だが……。

 ラグの上、酒が入って気が緩んだのかお嬢が恥ずかしそうに、ナニがしたいのかを言い出せずにいる雰囲気を察して俺から同衾を申し出る。
 そしていよいよと言う流れに俺とお嬢は何故か正座をして互いに確認を取り始めた。

 「お嬢、本当に俺で良いんですか」
 「ふつつか者ですが」
 「とても光栄です」
 「こちらこそ、よろしくお願いします……しかも、はじめて、なので……お手柔らかにお願いします」
 「僭越ながら手前も久しく……」
 「……」
 「……」

 吹き出したのは同時だった。

 「ッくく」
 「やだもう虎治が仁義切ろうとするから」
 「俺は極道モンですから、そこはスジを通さねえと」
 「虎治やさしいね」

 好き、とまた言われちまった俺は「愛させてください」と彼女のひどく緊張している身をベッドへと促す。




 「とらじ」

 座った俺の胸元に背を預けるように千鶴さんには座って貰って、見上げられて。ああ、この感覚……なんて言ったら良いんだろうな。

 「んっ」

 とりあえず口を塞いどけば良いか。

 「んん、ぐ、んぅ」

 いや、これはこれでヤバいな。
 立場上、男性経験が無いと言った女性を抱くには覚悟と細心の注意が必要だったが。

 「んん、ん゛――!!」

 腕をタップされて顔を上げる。

 「とらぁ……こんな、の……だめだよ……からだ、ちからがはいらにゃ……」
 「刺激が強すぎましたか」
 「だ、ってこのキス……おもってたのと、ちが」
 「なんも違いやしませんよ」

 俺の胸元から少し滑るように崩れた千鶴さんの体。軽く見上げたまま「私、変じゃない?」と呟く声は経験の浅さから不安に揺れていた。
 ひとつひとつを確かめるような男女の交わり。寝間着を開いて、乱して、暴いちまう俺の腕を胸に抱いた千鶴さんは「ごめんね」と言う。

 「やっぱり重い、でしょ」

 何を仰っているんだか。

 「抱いてる女を正気にさせて、興醒めさせるなんざ男の恥だ」
 「とら……」
 「怖くはありませんか」
 「それはない、けど」
 「俺はね……面倒見が良いってンであなたのボディーガードをさせて貰ってるんです。だから重いだのなんだの……ふっ、こんなに軽い体で何を仰るんだか」
 「ちが……わたしはそんな意味で言ったんじゃない……」
 「全部、分かってますよ」

 本当の俺は狡い男ですから。
 心のどこかで、あなたを思っていたのに……言わせちまったしょっぺえ男です。

 「この先、どこか加減が良くなかったら我慢せずに言うんですよ」

 うん、と頷いた相手は経験がない。
 そして振り向いて、俺と向き合うように座った千鶴さんが少し伏し目がちになって、唇を開く。

 「あとね、虎治の入れ墨、見たいな」
 「ああ、そう言えば」

 求められ、肌着を脱いだ俺の胸もとにあるもの。

 「うそ……ほんとに猫だ……しかもトラ柄の大きな猫ちゃん……」

 和彫りの化け猫が胸から肩、背中へとのし掛かるように彫られている。頼んだ彫師の爺さんが奇をてらうクチで「虎治に虎を彫っちゃつまらねえだろうが」と俺に特注の図案を寄越してくれた。爺さんの実験台になれば安く上げてやるからやってみねえか、ってな。俺も当時はカネ、無かったし。

 「仰向けになれますか」

 化け猫の鑑賞を切り上げさせて、ゆっくりと寝かせた千鶴さんの乱れた髪を整うように撫で付けてやればサラサラで、なんとも手触りが良かった。
 そんな髪を撫でた手で、頬に触れてみる。
 指の背で撫でれば千鶴さんは俺に視線を向けて……それで。

 しっとりとした手が、俺の手を覆うように握って……そのまま、気持ち良さそうに頬擦りをしてくれた。

 「千鶴さん……」
 「とらの手、あったかいね……ふふ、これが男性の手なんだ」

 千鶴さんのどこか甘えた声は、二人で食ったクリスマスケーキよりも甘い。

 「とら……ぎゅって、できる?」
 「ええ、出来ますよ」

 寝かせてある千鶴さんの全てをかっさらうように抱き締めてまた、口付けを。
 淡く緩く揺れ、終わり……俺は心の底からあなたをずっと感じていたい、と思いました。
 素肌になって身悶えするあなたの姿、何もかもが愛しくて、名残惜しかった。

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