愛されることは望んでいませんから
 それからアドニスはパメラをよく観察するようになり、前にもまして気にかけるようになった。不自由なことはないかと思ってよく観察すると、パメラは全くもって不自由していなかった。それどころか環境を良くする才能に富んでいた。

 パメラは物知りだ。特に生活面において。シミの抜きかたや裁縫などは侍女たちよりも得意だった。そして、感心するのは薬草の知識だ。あの偏屈な庭師からよく教えをこうているらしい。あの老人が心を開くのは驚きだったが、現場を見て真実だと分かった。

 そして、もう一つ気づいたことがある。
 パメラは誰にでも優しいのだ。
 どんな相手でも無下にさず、常に明るい笑顔を向けていた。アドニスは勘違いしていた。パメラが優しいのはアドニスが特別だからではない。

 パメラがそういう人だからだ。
 アドニスはパメラが優しくする相手の一人だったのだ。

 それに気づいた時、アドニスの中に一つの感情が生まれる。パメラが自分にしか見せない表情をみたい。そんなこと、言えるはずもないのに。アドニスに芽生えた感情は日に日に大きくなっていった。



 とある日、アドニスはパメラの部屋の前でうろうろしていた。これから外にでも出掛けようと誘いをかけたかったのだ。しかし、いきなり誘うのもいかがなものか。もっといい誘い方はないものか。

 うろうろ。
 うろうろ。

 うろうろうろうろ。

 かれこれ一時間は部屋の前を行ったりきたりしている。考えに考えた末、素直に誘うのが一番だと思い、部屋のドアをノックした。ノックしたものの返事がない。しばらくしてまた叩いたが、やはり返事はない。思いきって部屋に入ってみたが、パメラはいなかった。それに拍子抜けする。自分のバカさかげんに呆れてしまう。一つ、息を吐き出して部屋を見渡した。

 パメラの部屋は広かったが、必要最小限のものしかなかった。ベッドにチェスト、そして机。続きの間にはクローゼットがあった。彼女のドレスは少ない。物欲がないパメラはドレスをねだるようなことをしなかった。それに気づき、アドニスは舌打ちが出そうになる。

 結婚したというのにドレスの一つも送っていない。執事に頼まれていくつか見繕ったが、好きにしろと言っただけだ。その態度はパメラを萎縮させていたのかもしれない。

 パメラとて年頃の女だ。おしゃれをして着飾ることを楽しみたい時もあるだろう。気の回らなさに呆れてしまう。

 自責の念にかられたまま、パメラの部屋をまた見渡す。

 机の横の小さな本棚に目がとまった。アドニスが送った本があったからだ。パメラが新聞を読んで疑問に思ったことは、直接アドニスが教えているが彼女の知識欲を満たすため、本を送っていた。それに後悔の念が少しだけ和らぐ。

 はらりと風が舞った。窓が空いていたらしい。その時、机に置いてあったノートが少しだけ揺らいだ。それが気になり足を進める。表紙も紙でできた白いノートだ。やけに使い込んだ形跡がある。好奇心が押さえきれずに、アドニスはそのノートを手に取り開いた。

「これは……」

 中には何も書かれていなかった。ただ、何度も破った形跡がある。

 ふと、幻想かと思っていた灯火の中のパメラを思い出す。よくよく思い出すと紙を燃やしていたような気がする。目の前には破かれたノート。

(このノートの紙を燃やしていた? しかし、なぜ……)

 アドニスはノートをそっと置いた。聞きたいが、聞いたらパメラが本当に消えてしまうようで恐ろしかった。
< 7 / 10 >

この作品をシェア

pagetop