恋とプライド

⚪︎お昼過ぎ

オーナー「やっと落ち着いたね」
「遅くなっちゃったけど裕翔と木葉ちゃん、まかない食べてきて」

木葉、パァッと笑顔が溢れる。

オーナー「ごめんね」
「お腹減ってたよね」

木葉、見透かされたのが恥ずかしくて顔を赤くして慌てて否定する。

木葉「ここのまかない、すごく美味しいので」

それを受けて厨房から。

井上「そう言ってもらえて嬉しいな」
「食べたいメニューがあればなんでも言って」

木葉「いいんですか?!」
「じゃあ、ジェノベーゼのパスタをお願いします」
「先週食べて本当に美味しかったから」

井上「了解」
「裕翔くんも同じでいい?」

オーナー「裕翔はやめておいたら?」
「この後、デート出来なくなるよ?」

裕翔「いえ」
「同じで大丈夫です」

木葉、今のやりとりを少し考える。

木葉(どうしてデート前にジェノベーゼ食べない方がいいんだろう?)
(そして麻田さんは恋人がいるんだ)
(当たり前か)
(かっこいいもんね)
(でも相手はどんな人なんだろう)
(いいな)
(恋)
(青春だな)
(制服デートとか憧れるなぁ)
(でも制服…信くんみたいに嫌がる人もいるかもしれないし……)

裕翔、木葉のコロコロ変わる表情を見て。

裕翔「フハッ」

吹き出す裕翔に驚く木葉。

木葉「どうかしましたか?!」

裕翔「いや」
「百面相ってこういうの言うのかと思ったらおかしくて」

井上「内野さんは表情豊かだよね」
「はい、お待たせ」

お皿に盛りつけられたのはサラダとパスタとフライドポテトとデザートのケーキ。

木葉「こんなにたくさん」
「良いのですか?」

裕翔「労ってくれてるんだから」
「好意は素直にありがたくいただく」

木葉「なるほど」
「ありがとうございます!」

木葉、井上に満面の笑顔でお礼を伝えると、井上、照れたようにはにかんだ。

裕翔「無自覚の魔性」

木葉「なんですか?」
「すみません」
「聞こえなくて」

裕翔「いや」
「なんでもない」
「それより上、行こうか」

お盆ごと持ってふたりで二階の休憩室へ。
向かい合わせで座る。

木葉「いただきます」

手をしっかり合わせてから食べ始める木葉。
それを見る裕翔。
視線が気になり、緊張しながら食べる木葉。

木葉(学校、女子しかいないから緊張する)
(でもそれより)

木葉「美味しい!」

噛み締める木葉を見て、表情を緩める裕翔。

裕翔「わかる」
「働いた後の飯は格別だよな」

木葉「はい!本当に美味しいです」
「でも…ジェノベーゼでよかったんですか?」

裕翔「ん?あぁ」
「揶揄われただけだよ」

木葉、首を傾げる。

裕翔「あれ?分かってなかった?」
「キスする予定はないってこと」

木葉「キ…?!」

裕翔「これニンニク入ってるから」
「嫌でしょ?」
「キスの味がニンニクなんて」

木葉(そういうことか!)

真っ赤になる木葉。
裕翔が真面目な顔で。

裕翔「もしかしてキス、まだ?」

木葉「そ、そりゃそうですよ!」
「女子校だし」
「彼氏いたことないんですから!」

裕翔「ほしいとは思わない?」

木葉「勉強との両立が…難しいので」

視線を落とす木葉を見て、裕翔。

裕翔「どこ高だっけ?」

木葉「あ…桜女子、です」

裕翔「マジか」

驚く裕翔を木葉、見て。

木葉「引きましたか?」

裕翔「いや、驚いただけ」
「トップ中のトップ、しかも私立のお嬢様がなんでバイトなんてしてんの?って」

木葉「世界を広げるためなのですが」
「やはり驚かれますよね」 

「なので!」

木葉、フォークを置いて、裕翔を真っ直ぐに見つめて。

木葉「私が桜女子に通っていること、誰にも言わないでいただけませんか?」

裕翔「それは出来て当たり前っていう、学歴でレッテルを貼られたくないから?」
「見た目によらずプライドが高いんだな」

木葉「プライド…そうなのかもしれません」
「私は自分で思っていたより出来の悪い人間だったので」
「これ以上、プライドが傷付くことは避けたいんです」

裕翔、表情を翳らせる木葉を見て。

裕翔「訳アリか」
「いいよ、わかった。言わない」
「その代わり」

木葉、身構える。

裕翔「別に金銭の要求したり取って食ったりしないから」
「そんな身構えなくても大丈夫」

木葉「では交換条件とは何でしょうか?」

裕翔、スマホを取り出して。

裕翔「連絡先、教えて」

木葉「なぜでしょう?」

裕翔「シフトの相談とかしたいし」
「なによりちょっと興味持ったから」

木葉「桜女子校にですか?」

裕翔「違うわ!」
「俺、男子だし」

木葉「ではなににご興味が?」

裕翔「内野木葉っていう一人の女の子に」

裕翔に見つめられてドキッとする木葉。

木葉「彼女さん、いるんですよね?」

裕翔「今はいないよ」

木葉「そもそも私はそんな興味を持っていただけるような者では…っ!」

裕翔、身を乗り出して木葉の顔に手を伸ばす。
木葉、反射的に目をギュッと閉じる。

裕翔、フッと小さく笑ってから、木葉の口横を拭う。

木葉、驚いて目を開けると至近距離で裕翔と目が合う。

裕翔「ソースついてる」

木葉「ソ?!あ!ソース!」
「うわ」
「恥ずかしい!!」

慌ててティッシュで口元を拭う木葉。

裕翔「キスされると思った?」

木葉「まさか!」
「ジェノベーゼ食べてますし!」

裕翔「じゃあジェノベーゼじゃない時、しようか?」

木葉「えぇ?!」

明らかに動揺する木葉。
それを見て、裕翔笑う。

裕翔「ウソ」
「冗談だよ」

木葉「揶揄わないでくださいよ」

裕翔「ごめん」
「反応が面白かったから」
「なんだろ」
「俺、内野さんの動き、ちょっとツボなんだよね」

木葉「それって褒められてます?」

裕翔「もちろん」
「俺、あまり笑わないから」

木葉「そうなんですか?」

(笑うと余計にモテちゃうからかな?)
(笑顔、素敵だもんな…って、違う違う!)

裕翔「どうかした?」

木葉「いえ」

(揶揄われてるだけ)
(私なんか相手にされるはずないんだから)
(意識しちゃダメ)

木葉「よしっ!連絡先」
「交換しましょう!」

裕翔「なんで急にやる気に?」

また笑う裕翔。
その笑顔に目を奪われる木葉だが、動揺を悟られまいとスマホを取り出し、メッセージを送る。

裕翔「『大した人間ではありませんが
どうぞよろしくお願いいたします』」
「硬いな」
「でもらしいな」

木葉「『よろしく』」
「スタンプ可愛いですね」

フッと小さく微笑む木葉。

裕翔「可愛いのはどっちだか」

ボソッと呟く裕翔。

木葉「え?」
「すみません」
「なにか言いましたか?」

裕翔、ハッとして。
赤くなる顔を隠すように木葉から顔を背ける。

木葉「麻田さん?」

裕翔「悪い」
「先行くわ」
「ゆっくり食べてていいから」

木葉「え?」
「あ、はい」

(とはいえ、麻田さんの様子、おかしかったよね?)
(私、なにかしちゃったかな?)

不安に駆られる木葉。
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