【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
国王陛下は前世の記憶持ちで、元薬師であり天才魔導師だった。国王陛下──セリオが魔法都市を訪れて《世界樹ノ忿懣》の話をしてくれた。
タイムリミットが近づいてきたから、会いに来る気なのね。
でもその発言が公爵家、その領地を大きく変えてしまった。その日から国王を迎えるための準備やらパーティーの手配や準備に追われて、ベネディック様との時間が減っていく。
それだけではなく私が社交界に出るためには、貴族としての最低限の礼儀作法が必要だとか。診察が殆ど終わったから、今後のための薬草の調合や、庭で野草を育てようと思っていたのに、予想外だった。
季節があっという間に駆け抜けていく。事情をベネディック様に話せないまま、時は流れて──二年の契約期限まであと数ヵ月。
その頃だったか、私の礼儀作法の教育係として伯爵夫人の代わりに侯爵令嬢スサンナ様が訪れるようになった。
金髪の縦ロールに、鳶色の瞳、お人形さんのような整った顔立ちに白い肌。ドレスは王都の流行ものなのだろう、ウエストが細くてスカート部分がふわっとして、レースや刺繍の一つ一つが拘っているのが分かる。耳飾りに胸飾りも主張しすぎず、お洒落だった。
何もかもが自分とは違う。
「お初にお目にかかります。スサンナ・ソーメルスです」
所作も美しく、一礼も完璧だった。彼女の纏っている雰囲気が全く違う。しかし二人きりになった瞬間、スサンナ様の雰囲気がガラリと変わった。
「貴女が有能な薬師のフェリーネ……さんでしたっけ?」
「はい」
「公爵様が夫人を溺愛しているという噂は王都まで届いていたから、どんな人かと楽しみにしていたのに……」
「……」
溜息交じりに私をジロリと睨んだ。今日は使用人たちが気合いを入れて夫人らしく着飾って貰ったのに、言葉遣いや夫人としての振る舞いを指摘されてしまう。
「まったく。公爵夫人である人が、侯爵令嬢である私に『さん付け』を許すなんて、本当にありえませんわ。そもそも挨拶は爵位が上の者からという常識もご存じないのですか?」
「そう言われれば……」
「はあ、本当にここまで無知だなんて聞いていませんわ」
その日からスサンナ様の地獄のような礼儀作法が始まった。伯爵夫人とは全く違う。嫌味なんて当たり前、辛辣で心臓を抉られるような罵倒の数々。
それも社交界では当たり前だとか。私が昔、訪れたパーティー会場では終始にこやかで、スサンナ様のような罵倒なんてなかったわ。商談やサロンでも遠回しにチクチクいうぐらいだけれど、こんなあからさまなものではない。
ベネディック様は他の領地の貴族の方々との仕事や交渉が増えて、領地に戻ってくることが少なくなった。週に一度、顔を合わせることができれば良いほうだ。
領地復興のためにも、頑張っているベネディック様を応援したい。でも私の滞在時間がないことを伝えておかなきゃ。
それとも契約通り二年経ったら別れるから、どうでもいいのかしら?
今までも奇病だった患者を治して、その後のしばらく住んでいたら「早く出て行け」と遠回しに言われたことがあった。その時も契約で数年住む場所を貸して貰うと、約束を取り付けていたのに邪魔者扱いされたのだ。
そうじゃない人たちもいたけれど、もしベネディック様が同じように思っていたら……辛いな。
最初に「二年後に消える」って言ったのは私なのに、いつの間にか──望みすぎた罰だったのかも。
今世で出会えて、契約結婚で形だけだったけど、夫婦として……過ごせたのだから、これ以上は望んではいけない……わよね。
それにこの世界から奇病が消えたら、私の《役割》も終わる。