【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

 ベネディック様の声を聞いた瞬間、サーと血の気が引く。私に気づいたスサンナ様は、口元を歪めて笑ったのが見えた。
 心のどこかで、そうじゃないと思いたかったけれど、侯爵令嬢の彼女が公爵家の屋敷にいること自体おかしいし、乱れた髪と薄手のナイトドレスを見たら泊まっていたことは明白。

 気づけば寝室に戻って座り込んでいた。
 あれが夢だったら、よかったのに……。
 公爵夫人である私に意見を仰がずに、彼女を泊めているのだとしたら、ベネディック様が許したのだろう。
 私を好きだと言ってくださっていたけれど、公爵夫人としては不適切だったってことよね。睦言では「傍にいて」とか「残って欲しい」とは言っていたけれど、やっぱり真に受けなくて良かった。以前マーリンやヘルガが忠告してくれていたおかげだわ。

 それに「貴族は一夫多妻の文化がある」って侍女たちも、力説して本を貸してくれたのだった。スサンナ様が来てから屋敷の雰囲気も変わったわ。
 今頃気づくなんて……。それほど私は浮かれていたのね。馬鹿みたい。

「好いていても、価値観が違うと幸福にはならないのね……」

 ここに残っても、心が蝕まれていくだけ。
 大丈夫、元々二年という約束だったもの。
 ベネディック様は大魔導師エルベルト様の転生者、ずっと恩返しをしたかった人。
 それが恋に変わっていったのは、私を睨まなくなってからだったかしら?
 眉を吊り上げて不機嫌な顔をしても、ベネディック様はなんだかんだ優しかった。些細な気遣いや言葉が嬉しかったし、愛しているとも言ってくださった。
 観察力が鋭くて、警戒心が強いけれど、一度懐に入ると温かくて優しい人だとわかる。面倒見もいいの。

 いつだったか青薔薇の花束を贈ってくださったことがあったけれど、すごく嬉しかった。夢が叶う、奇跡、神の祝福、不可能を成し遂げるとか。でも魔法都市での花言葉は「忘れない愛」だったから。
 この公爵領ではたくさんの贈り物をもらった。私が恩返しをするはずだったのに、たくさんの物を得たから……充分だわ。

 翌日、アルフ様に近況報告も兼ねて、手紙を書いた。十分すぎる報酬を得たのだから、明るく別れよう。少しだけ前向きに思えていたのだけれど事態は唐突に、そして一変する。

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