【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

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 5.

「お義姉様!!」
「え、ええ!? アルフ様!?」

 手紙を出して僅か三日でアルフ様は公爵家に飛んで帰ってきたのだ。薬部屋で調合していた私はアルフ様の唐突な帰還に目を丸くしてしまう。

「王都にいたはずじゃ?」
「馬を使って急いで駆けつけました!」

 馬車じゃないと聞いて更に驚いた。アルフ様が奇病を克服してから、リハビリを頑張っていたのは知っていたけど、予想以上に逞しくなって……。
 今年十二歳になるアルフ様は、背が伸びたようで、私よりも少し高い。声も少し低くなっていた。男の子ってあっという間に大人になっちゃうのね。

「兄様がお義姉様を愛人にして、あの性悪な侯爵令嬢を妻にすると言ったのですか!?」
「性悪って……たしかに嫌味な言葉をいう方でしたが、貴族社会では普通だと言っていましたわ。それに……」
「そんなことまで言われたのですか!? 高々侯爵令嬢の分際で!」

 激昂するアルフ様の様子を見るに、スサンナ様は特殊だったのかもしれない。けれど私の教師役を選んだのは、ベネディック様だったわ。だからそれが貴族社会のあり方だと思っていた。本当に私は長く生きているのに、私って無知だったのね。

「やっぱり私には公爵夫人には相応しくなかったのね。酷いことを言われても、それが貴族の世界ではどうなのか知らなかったし、判断できなかったのだもの」
「そんなの、お義姉様のせいじゃないです。兄様も領地復興のためと、社交界に出るのにお義姉様を連れて行けば……」
「でもそれはしょうがないわ。私は期間限定の妻だもの」

 思わず本音が漏れてしまい、それを聞いてアルフ様の目が大きく見開いた。

「それは……どういうことですか? お二人の結婚は急でしたが……もしかして、兄様は奇病を治すために仕方なく、お義姉様と結婚を?」
「うっ……、当時は私が押しかけたようなものだから、ベネディック様は悪くないわ。もとからそういう契約だったもの。ベネディック様は私が居なくなった後に、貴族のご令嬢を迎える。でもお情けで愛人を提案されたけれど、私には無理だわ」

 だから、とアルフ様に必要になるかもしれないと、薬の調合レシピの束を渡す。ベネディック様とこの後会えるか分からないし、話ができるかも不明だから。

「とっても楽しい二年だったわ。ベネディック様にいつかの恩を返すために、この地に来てよかった。それが本当の夫婦のように扱って、短い間だったけれど、愛して貰えて充分幸せだったわ」
「お義姉様は……それで良いのですか?」
「…………どちらにしても、私は魔法都市に戻らないといけないの。強制送還ってやつね」

 そういって袖を捲くって腕を見せた。もう透明になりかけている。
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