【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

 ***

 セリオは一方的に、言いたいことを言って去って行った。嵐のような人だわ。アルフ様は国王が来てからは、ずっと黙ったままだった……。

「アルフ様?」
「あ、ごめん。僕がリハビリしている時に、さっきの青年と少し話をしたんだけど……国王陛下だったからビックリして……」
「ああ、お前が以前話していた青年か」
「そう」
「それで固まっていたのね……(仲良くお話していたら、国王様だったって、それは、うん……そうね……)」

 ちょっとだけアルフ様に同情したのだった。
 それからベネディック様と今後の話し合いとなり、空気を読んだアルフ様は「まずは夫婦で話したほうが良いと思う」と言って退席してくれた。

 ベネディック様と向き合ってお茶をするのは、いつぶりかしら。ちょっとウキウキしていたのだけれど、どうしてこうなったのかしら?
 向き合って──ではなく、私はベネディック様に横抱きで膝の上に座っている。
 なにこれ?
 しかも腰回りに抱きついていて、離す気ゼロだわ。

「ベネディック様? ……距離的に近くないですか?」
「フェリーネがここにいると、実感したい」
「そ、それなら隣に座ればよいのでは?」
「私の傍は嫌なのだろうか」
「(途端にめんどくさい人になった!?)……そんなこと一言も言っていませんわ」

 ベネディック様はいつになく目に見えて落ち込んでいた。こんなに落ち込むなんて初めて見るかも?

「さっきフェリーネを永遠に失うと思ったら、怖くて堪らなかった。……思えば私は慢心していたのだ。気持ちを十分に伝えていると、だからこの先もずっと傍にいるのが当たり前で、好いていてくれると……」
「ベネディック様」
「でもどこかで契約の話をしたら、君はあっさりと『約束通り魔法都市に戻る』と言いそうで……怖くて聞けなかった。だから卑怯かもしれないがなし崩し的に、君をこの地に止めようと……した。結婚式やパーティーの根回しをして、外堀を埋めようと……」
「だから王都に?」
「当たり前だろう。そもそも……君に酷いことを言った手前、契約は契約だとバッサリ切り捨てられても文句は言えない。自業自得だ……でも……それでも……私は君に、ここに残ってほしいと、望んでしまっている。これが私の本音だ」

 ベネディック様は気持ちを整理しつつ言葉にしているが、声だけじゃなくて手も少し震えている。この方でも怖いことがあるのだと思うと、少しだけ安心してしまう。私だけの一方通行じゃないのが嬉しい。

「私も……契約のことを言い出すのが怖かったです。私から契約内容を決めて押しかけて、それでもまだ居着くなんて、ごうつくばりだって思われたくなくて……。私もベネディック様に嫌われたくなかった。臆病で、逃げてばかりで事実を聞こうとする勇気もなくて……。だから遠回しな言葉ばかり選んで……、関係が崩れるのも嫌だってダメダメでしたわ」
「フェリーネはダメじゃない」

 即答するのが嬉しくて、涙がこぼれ落ちた。

「私、もう会えないかもしれないって思っていても、傍で一番じゃないと嫌だって……私、自分で思っていた以上に我儘だったみたいです」
「好きなら傍に居たいと思うのは当然のことだし、私もそうであって欲しい」
「……ベネディック様」

 ベネディック様に抱きつくと、あっという間に腕の中に閉じ込められてしまう。ギュッとされるのはすごく好き。ベネディック様からは、いつもベルガモットの爽やかな香りがする。落ち着く……。

「だいすき」
「もう一度」
「大好きです、ベネディック様」
「ああ、私も君が、フェリーネが、大好きだ」

 それから、ちょこっとだけ泣いてお互いの話をした。私は勇気を出して、自分のことを語ってみた。
 私が不老不死になった経緯と、なぜ魔法都市に戻らなければならないのか。
 長いようで短いお話。

 でも最後までエルベルト様がベネディック様の前世だとは、お伝えしなかった。勘の鋭いベネディック様は気付いたかもしれないけれど、私は口を噤む。
 キッカケはエルベルト様の言葉だったけれど、ベネディック様を好きになったのは、傍にいて自然と惹かれたから。不器用で、でも優しい。ベネディック様だから好きになったのだ。

 それにエルベルト様が前世だったと確定させてしまったら、いけない気がする。
 それと《役割》が終わった後、永遠の眠りにつくつもりだったのも内緒にしないと。
 私がベネディック様にする最初で最後の秘密事。
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