【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

 今更手遅れかもしれない。あれだけ酷いことを言ったのだ。嫌われても──そう思っていたのに、蓋を開ければフェリーネは仲良くできることを純粋に喜んでいて、その笑顔に心臓を撃ち抜かれた。
 可愛すぎる、今までその機会をことごとく潰してきた過去の自分がいたら、殴り飛ばして「今すぐに自分と変われ」と叫んでいただろう。
 フェリーネとの時間は心地よく、もっと早くこの関係が築ければと後悔しながらも、彼女を大切に、そして愛おしいと、不器用ながらも伝えて順調だった──と思う。

 歯車が狂ったのは、国王陛下の一言だった。
 それまで青薔薇は特産品とし重宝されていたが、ここに来て爆発的に発注や、青薔薇をテーマにした美容関係の商品化、モチーフやデザインなども映えるということで領地への観光客も倍に膨れ上がった。

 何もかもフェリーネが来てから上手く行っていて、そんな彼女の紹介だからと侯爵令嬢の言葉を鵜呑みにした結果、フェリーネを一生失うかもしれないと知った時は、ゾッとした。
 回避できたと心から安堵すると同時に、今度は絶対に手放さないし、しっかりと言動で示していこうと心に誓った。

 それにしても国王陛下とフェリーネが顔見知りなことに嫉妬するほど、自分が狭量だったとは思わなかった。
 彼女は自分の過去を語る。
 気の遠くなるような、長いような短くも感じる半生を──。

 ***

 フェリーネは《神々の楽園》から落とされた心臓のない出来損ないで、冬空の下で死を待つばかりだったらしい。そこで恩師である大魔導師エルベルトを含む七人の魔導師によって、仮初の心臓を得て命を長らえた。
 しかしそれによって、神々から新たな《役割》を押し付けられる。世界の維持、その歯車の一つとして、彼女は《奇病》と病を癒す叡智と方法を得て、不老不死となった。

「元々、この世界の《奇病》とは神々の与えた恩恵がうまく作用しておらず、悪変して呪いや奇病と転じていたのです。そしてそれを長く伝え続ける者が、皆死んでしまったとか。神々はこの世界に降りるための器がないので、対処法を伝えるのが出来なかったそうです」
「フェリーネが神々から落とされたというのは?」
「本来、私がこの世界で死亡した際、神の声が選ばれた者に届く……装置であり、箱舟のような扱いだったのだとか。それをエルベルト様たちが変えたことで、私は生き続ける代わりに《役割》を得たのです」

「《役割》を得た」と言っているが、実際のところ神々の計画が失敗した穴埋めで、それを都合よくフェリーネに押し付けた。

「私の存在が悪用されないように、七人の魔導師は移動要塞魔法都市を作り上げて、世界を巡りました。その途中で都市を離れる者も……。当時は分かりませんでしたが、あれは寿命だったのでしょう。『また会おう』とみなそう言って去って……次に現れた時は、別の姿をしていたのですからビックリです」

 そうやって七人の魔導師であり薬師となった彼らは転生を繰り返し、フェリーネの元を訪れたと。国王陛下もその一人だというのだから、話が壮大すぎる。

 いや……話からして私も、おそらくその七人の一人だったのだろう。でもフェリーネは、それが誰かは語らなかったし、私も聞かなかった。奇病が発現したから、フェリーネが来てくれた、その事実だけで充分だ。

「そうか。……でもその《役割》を終える算段がついたなら、今後も私の人生に関わってくれないだろうか。生涯、君を大切にするし、たくさん愛する。……もし魔法都市に向かわなければならないのなら、私もついて行く」

 そう告げたら彼女は顔を真っ赤にして固まっていた。これは脈があるだろうか。「ひゃう」とか「はわわ」と呟く声も可愛らしい。

「ベネディック様……っ、い、良いのですか? ずっと黙っていて……私人間とは違う存在で……ええっと……長い時間生きているので、年齢的にも……その……」
「フェリーネはフェリーネだ。それだけで充分だが?」
「はぅ……」

 耳まで真っ赤になって、可愛すぎる。こっちが今どれだけ理性を総動員しているのか、知らないんだろうな。クソッ、可愛すぎる。この流れならキスぐらいは許されるだろうか……。
 ジッと見つめていたら、どう解釈したのかフェリーネは自分から胸板に抱きついた。無自覚に理性を削ってきた!?

「フェリーネ……」

 顔を上げたフェリーネは照れつつも、唇に触れる。どこまでも私の予想の斜め上を行って、嬉しさで泣きそうだ。
 人はこんなにも胸が熱くなると、涙が出るのだな。もう何度もしているキスが、今日はより特別に感じられた。
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