【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
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三ヵ月。アルフ様が車椅子から立ち上がるまで回復したことで、周囲の視線が変わった。ベネディック様は私を見ると、何か言いあぐねているような顔をしている。
公爵家に嫁いできてから、食事や寝室は別。一緒に居る時間など皆無に等しい。
アルフ様とは診察とリハビリで毎日のように顔を合わせる。アルフ様の回復を知って、他の人たちも「診察を受けたい」と教会経由で打診が入るようになった。
実績は日々を懸命にこなしたからこそ、後から付いてくる。これもあの方の教えだった。やっぱり、あの方はすごい。
改めて《世界樹ノ忿懣》の治療説明会を行うことになった。実際に説明会を設けられたのは、それから、二ヵ月後──。
というのも流行病のせいで、忙しかったのだ。薬を用意するため、山に入って薬草を採ってきて、煎じて──。
毎日、朝から晩まで診察を頼む人たちが多く、公爵家に行列ができるほどだった。奇病が発症してから薬師たちは、詐欺師扱いされたため、この領地にほとんど残っていなかったというのもある。
ベネディック様は顰めっ面をしながらも、離れの屋敷を開放してくれた。私は即座に手洗いうがい、布で口元を覆うように使用人たちに指示を出す。
「口と鼻を覆う?」
「どうして、よそ者なんかの指示を──」
「私は薬師です。流行病の感染を甘く見ないで、無駄口叩かずにさっさと準備してください!」
「彼女の指示に従うように」
「こ、公爵様、はい!」
「承知しました!」
使用人たちは、私を公爵夫人として扱わなかったけれど、ベネディック様の一声で動いてくれので良かったわ。
あっという間に、離れの屋敷は野戦病院みたいになった。
「ベネディック様。待合場所を提供して頂き、ありがとうございます!」
「……別に君のためじゃない。領民が寒さの中、外にいることが非効率かつ、余計に体を壊すと思っただけだ」
ベネディック様に感謝を伝えたけれど、相変わらずの塩対応。でも根っから悪い人じゃないってわかる。
毛布やタオルを提供して、温かなスープの炊き出し指示、換気もしっかりして……。間接的に手伝ってくれていた。
対処が早かったのか、思った以上に亡くなる人を減らすことは出来た。それでも間に合わない人もいたわけで……。
見送るのは慣れているのに、な。
火葬場の炎を遠目で見ながら、ずっと前に見送った人たちのことを思い出す。
透き通った青空と、水晶のある鉱山に豊かな紺碧の森と、金色に輝く麦畑。
白い服を愛用する人たちだった。
魔法と薬に精通した小さな国……だったと思う。雪が降り注ぐ中、あの方──大魔導師エルベルト様に拾われた。
七人とも薬師であり魔導師で、自由で明るくて毎日がお祭り騒ぎだった。自分たちの研究を語り明かす。命ある限り、寄り添い最善を尽くす──それが薬師の矜持だと教わった。
しっかり者で、可愛い物に目がないヘルガ。
歌うのが好きで演奏もできるコーガ。
星の伝承と術式、数式マニアのユンリティ。
祭り大好き、有言実行の天才魔導師セリオ。
恋バナ好きで、本の虫のマーリン。
口が悪いけど、情に厚くて涙脆いダフネ。
瞼を閉じても、あの黄金の時代の記憶は色褪せない。なんでもなかった私を、薬師にしてくれたエルベルト様。私の恩人で、初恋の人。親子ほど年が離れていたけれど、ずっとエルベルト様の後を追いかけてきた。魔法はからっきしだけど。
ぱき、と、赤々と燃え上がる炎の揺らめきを眺めながら、黙祷した。
まだ、大丈夫。ここで薬師としてやることが残っているもの。最後の奇病だもの、ちゃんと見届けるわ。
それが終わったら、私は──。