ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
周囲にいる貴族は一人残らず、リリーシュ達を見ていた。ルシフォールがアフタヌーンティーにやって来た事はもちろんだが、リリーシュの腰に手を回しエリオット・ウィンシスに牽制の様な事をしている姿が、皆信じられなかった。

女嫌いの男色家。あの噂は嘘だったのか、それともリリーシュ・アンテヴェルディが彼を変えたのか。そして、エリオットはリリーシュとどの様な関係なのか。まるで目の前で演劇でも見ている様な心地で、誰もが好奇の視線を向けていたのだった。

「リリーシュ」

ルシフォールから再び名前を呼ばれ、リリーシュはハッとしてようやく彼に視線を向ける。ルシフォールのアイスブルーの瞳は不安げに揺れていて、リリーシュは胸がギュッと締めつけられる思いだった。

(私が、ルシフォール様を傷付けたんだわ)

ウィンシス夫妻やエリオットに会えた事に浮かれ、彼の気持ちを考える事が出来なかった。もっと早く自分はこの場から立ち去るべきだったと、リリーシュは後悔した。

「ウィンシス家の方々には、リリーシュが今まで大変お世話になったようで。私からもお礼を申し上げなければと、ずっと気にかかっていたのです」

ルシフォールはユリシスの真似をして、精いっぱいの遠回しな嫌味をぶつけた。本音ではもう会いに来るなと言いたかったが、それではリリーシュを悲しませる事になってしまう。

「殿下、リリーシュは私達の家族も同然の存在なのです。急な事で別れの挨拶も出来ずじまいでしたので、王妃陛下の計らいで本日こうして再会できた事を本当に喜ばしく思っております」

ジャックはルシフォールから目を逸らす事なく、落ち着いた口調で言う。

「…それはこちらの配慮が足らず、申し訳ございませんでした。また後日機会を設けさせて頂きますので」

やはりこういう腹の探り合いは苦手だと、ルシフォールは苦い顔をした。一刻も早くこの場から去りたいが、彼女の気持ちを考えると強くは出られない。

リリーシュはそんなルシフォールの横顔を見つめながら、再び胸が締めつけられる。自分は一体何をしているのだろうと、情けなく思った。

「ルシフォール様、私はそろそろ失礼させて頂こうと思っていた所だったのですがもし宜しければ、部屋まで送って頂けませんか?」

「それは構わないが」

「ウィンシスご夫妻、エリオット様。お会いできて本当に嬉しかったですわ。どうかお元気で」

「…リリーシュ嬢」

エリオットの顔から人当たりの良い笑みが消える。彼の悲痛な表情を見て、リリーシュは堪らない気持ちになった。

「では、私達はこれで。行こうリリーシュ、一度王妃に挨拶をしなければ」

「はい、ルシフォール様」

リリーシュはにこりと笑うと、綺麗なカテーシーをして見せる。

エリオットの視線に気付きながらも、彼女はそのエメラルドの瞳を見つめ返す事は出来なかった。
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