ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第十三章「彼女を譲るなどあり得ない」
ーー
「…寒いな、一段と」
「まぁルシフォール様。ご無理をなさらないでくださいませ。私は室内でも充分に」
「いや、無理はしていない。それよりもお前は平気なのか」
「はい、私は寒いのは嫌いではありませんので」
「なら良い」
しかめっ面でそう言いながら、いつだったか自分が渡した襟巻きをぐるぐるとしっかり巻いている姿を見て、リリーシュは思わず笑った。
リリーシュ達が今居る場所は、ルシフォールの生活する宮殿の敷地内。訓練場の隣には厩があり、その周辺には馬を放馬させたり乗馬訓練を行ったりする広い草原がある。少し小高くなっている場所にベンチがあり、二人はそこに腰掛けた。
リリーシュが室内よりも外を好む性分を知っているルシフォールは、彼女を連れ出した。寒さを嫌うルシフォールに無理をさせているのではとリリーシュは遠慮したのだが、ルシフォールは譲らなかった。
「見てくださいルシフォール様。ここからですと、馬達が走っている様子が良く見えます」
「そうだな」
「とっても素敵です」
リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳をキラキラと輝かせながら、眼前に見える景色を食い入るように見つめている。
馬など見慣れているルシフォールにとっては、何がそんなに良いのか理解できなかった。しかしリリーシュの喜ぶ表情は本当に可愛いので、連れてきて良かったと内心安堵する。
(正面から見るよりも、ここからの方が良く分かるわ)
ルシフォールからの熱い視線になど全く気付かないリリーシュは、馬達が雪を蹴散らし駆ける様子に胸を躍らせていた。
この間のように間近で触れ合えるのも素敵だが、違う角度から見るのもまた新鮮だ。時折聞こえる見習い騎士達を叱責するような声も、こちらから聞いている分には楽しい。
「以前ルシフォール様の乗馬姿を拝見した時、私本当に胸が高鳴りました」
景色に夢中になっていたリリーシュが、急にパッとこちらを向きそんな台詞を口にする。
ルシフォールはすぐに反応が出来ず、ただ魚の様に口をパクパクと開けては閉じるを繰り返した。
恋というものは実に不思議だと、ルシフォールらしくもない事を考える。
今までは女性から褒められたところで、見え透いた擦り寄りだと腹立ちしか感じなかったのに、今はこんなにも心臓を鳴らしてしまうのだから。
「私もあんな風に馬に乗る事が出来たならどんなに楽しいだろうと、とても憧れました」
「母親が許さなかったと、以前言っていたな」
「はい。母は典型的な貴族令嬢でしたから。女性の顔や体に傷が付いては大変だと」
「そうか」
リリーシュの穏やかな横顔を見ながらルシフォールは思う。自分はまだまだ、彼女の寂しさに寄り添わせて貰える立場にはないのだと。
「ですが母の言い分は最もなのです。私は公爵令嬢として産まれた身なのですから」
「…ここでは、我慢などする必要はない」
ルシフォールの瞳が雪の白を取り込み、美しく光り輝く。その中に自分の姿が映り込んでいるのが、リリーシュは不思議な心地だった。
「ルシフォール様」
「思う事を思うままにやればいい」
「…」
そんな事、出来るはずはない。ルシフォールが許そうとも、他の貴族や王妃の手前もあるし、自分が公爵令嬢らしからぬ振る舞いをすればそれはルシフォールに恥をかかせる事にも繋がってしまう。
こんな時はいつもの様に、ありがとうございますと笑ってやり過ごせばいいのに、リリーシュは何故かそれが出来なかった。
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
「…ふふっ」
突然笑ったリリーシュに、ルシフォールはキョトンとした顔をする。彼女自身も、何故こんなにも頬が緩むのか分からなかった。
「…思ったよりも今日は、寒くないようだ」
「それは良かったです」
先程は襟巻きの中に隠れていたルシフォールの鼻がちょんと飛び出しているのを、リリーシュは可愛らしいと思った。
「…寒いな、一段と」
「まぁルシフォール様。ご無理をなさらないでくださいませ。私は室内でも充分に」
「いや、無理はしていない。それよりもお前は平気なのか」
「はい、私は寒いのは嫌いではありませんので」
「なら良い」
しかめっ面でそう言いながら、いつだったか自分が渡した襟巻きをぐるぐるとしっかり巻いている姿を見て、リリーシュは思わず笑った。
リリーシュ達が今居る場所は、ルシフォールの生活する宮殿の敷地内。訓練場の隣には厩があり、その周辺には馬を放馬させたり乗馬訓練を行ったりする広い草原がある。少し小高くなっている場所にベンチがあり、二人はそこに腰掛けた。
リリーシュが室内よりも外を好む性分を知っているルシフォールは、彼女を連れ出した。寒さを嫌うルシフォールに無理をさせているのではとリリーシュは遠慮したのだが、ルシフォールは譲らなかった。
「見てくださいルシフォール様。ここからですと、馬達が走っている様子が良く見えます」
「そうだな」
「とっても素敵です」
リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳をキラキラと輝かせながら、眼前に見える景色を食い入るように見つめている。
馬など見慣れているルシフォールにとっては、何がそんなに良いのか理解できなかった。しかしリリーシュの喜ぶ表情は本当に可愛いので、連れてきて良かったと内心安堵する。
(正面から見るよりも、ここからの方が良く分かるわ)
ルシフォールからの熱い視線になど全く気付かないリリーシュは、馬達が雪を蹴散らし駆ける様子に胸を躍らせていた。
この間のように間近で触れ合えるのも素敵だが、違う角度から見るのもまた新鮮だ。時折聞こえる見習い騎士達を叱責するような声も、こちらから聞いている分には楽しい。
「以前ルシフォール様の乗馬姿を拝見した時、私本当に胸が高鳴りました」
景色に夢中になっていたリリーシュが、急にパッとこちらを向きそんな台詞を口にする。
ルシフォールはすぐに反応が出来ず、ただ魚の様に口をパクパクと開けては閉じるを繰り返した。
恋というものは実に不思議だと、ルシフォールらしくもない事を考える。
今までは女性から褒められたところで、見え透いた擦り寄りだと腹立ちしか感じなかったのに、今はこんなにも心臓を鳴らしてしまうのだから。
「私もあんな風に馬に乗る事が出来たならどんなに楽しいだろうと、とても憧れました」
「母親が許さなかったと、以前言っていたな」
「はい。母は典型的な貴族令嬢でしたから。女性の顔や体に傷が付いては大変だと」
「そうか」
リリーシュの穏やかな横顔を見ながらルシフォールは思う。自分はまだまだ、彼女の寂しさに寄り添わせて貰える立場にはないのだと。
「ですが母の言い分は最もなのです。私は公爵令嬢として産まれた身なのですから」
「…ここでは、我慢などする必要はない」
ルシフォールの瞳が雪の白を取り込み、美しく光り輝く。その中に自分の姿が映り込んでいるのが、リリーシュは不思議な心地だった。
「ルシフォール様」
「思う事を思うままにやればいい」
「…」
そんな事、出来るはずはない。ルシフォールが許そうとも、他の貴族や王妃の手前もあるし、自分が公爵令嬢らしからぬ振る舞いをすればそれはルシフォールに恥をかかせる事にも繋がってしまう。
こんな時はいつもの様に、ありがとうございますと笑ってやり過ごせばいいのに、リリーシュは何故かそれが出来なかった。
「本当に?」
「あぁ、本当だ」
「…ふふっ」
突然笑ったリリーシュに、ルシフォールはキョトンとした顔をする。彼女自身も、何故こんなにも頬が緩むのか分からなかった。
「…思ったよりも今日は、寒くないようだ」
「それは良かったです」
先程は襟巻きの中に隠れていたルシフォールの鼻がちょんと飛び出しているのを、リリーシュは可愛らしいと思った。