ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールの口数は決して多くなかった。ぽつぽつと話す事に、リリーシュが相槌を打つ。そしてまた静かに、二人で景色を見つめる。
(話さなくてもちっとも嫌じゃないわ)
元々はリリーシュも、口数の多い方ではない。家ではずっとラズラリーの聞き役だったり、エリオットも話題の豊富な話し上手だった為に自然とリリーシュは聞く側だった。それを嫌だと思った事はないし、あれこれ聞かれるよりも人の話に耳を向けていた方がずっと楽だったから。
冬の澄み切った空気が頬を撫でるたびに、ルシフォールの頬がピクリと反応する。それが面白くて、リリーシュは思わずジッと観察してしまう。それに気付いたルシフォールが、照れ隠しのようにぷいとそっぽを向いた。
「ふふっ」
「…お前、俺をからかっているだろう」
「そんな事はありません」
口ではそう言いながらも、リリーシュはくすくすと笑いが止まらない。ルシフォールは、自分に男としての威厳がない事が悲しかったが、リリーシュの純粋な笑顔が見られて嬉しいという気持ちもあり、心情はなかなかに複雑だった。
「もしかしてあそこで放馬されている馬は、以前ルシフォール様が騎乗されていた子ではないですか?」
「この距離から良く分かったな」
「艶々で真っ白な毛並みでしたけれど、少しだけ茶が混ざっているのか光の加減によって金色に輝いて見えたのです」
「凄いんだな、リリーシュは」
白馬は数頭しか居ないとはいえ、たった一度見ただけでこの距離でルシフォールの馬を当てたリリーシュを、彼は素直に褒めた。
するとリリーシュは何故か、ヘーゼルアッシュの瞳をぱちぱちと瞬かせながらルシフォールを見つめる。
その様子に、ルシフォールも同じ様に目を瞬かせた。
「俺は何か、嫌な言い方をしたか?」
「いえ。ただ」
「ただ?」
「ルシフォール様が、私を凄いと褒めてくださったので」
「それでそんなにも驚いてるのか」
「はい」
「何故?」
「何故、でしょうか」
リリーシュはルシフォールから目を逸らし、澄んだ青い空をぼうっと見つめる。まるでルシフォールの瞳の様に綺麗な空だと、彼女は思った。
(何故と聞かれても良く分からないわ)
「リリーシュ」
普段とは様子の違う彼女にルシフォールは戸惑う。いつも浮かべられている公爵令嬢の笑みはどこにもなかった。
「私は、からっぽなんです」
ぽつりと、リリーシュは言葉を落とす。
「人生とはこんなもの。与えられた道を歩み、それ以上は求めない。運命には抗わず、戦わず、立ち向かわない。物分かりの良い子だと言えば聞こえは良いけれど、結局はただの臆病者で、アンテヴェルディ公爵家の令嬢という肩書きを取ってしまえば、ただのリリーシュに価値はありません。だって、中身がないのだから」
「リリーシュ、お前は…」
「驚きましたか?こんな事、令嬢が口にするべきではありませんものね」
(それなのにどうして私は…)
別に、人生をずっと悲観しながら生きてきた訳ではない。頼りないけれど優しい両親と兄、そして大好きな幼馴染とその家族。リリーシュは大切な人達に囲まれて、ちゃんと幸せな日々を過ごしていた。
しかし何故だろう。幼い頃からふと怖くなる事があったのだ。
自分から公爵令嬢を取ったら、一体何が残るのだろうと。
遊びも知らない、流行にも興味がない、社交性もない、知識も持ち合わせていない、母親に言われるがまま、ただその通りに生きてきた自分には。
誰かに好きだと言ってもらえるだけの価値が、本当にあるのだろうか。
エリオットはいつも、リリーシュを褒めていた。可愛い、天使だ、愛らしいと。
しかし彼女は内心それに、どう答えれば良いのかいつも分からなかったのだ。
分からない事は、考えない。だから自然と、エリオットの言葉を流す様になった。
彼はそういう人だから、言ってくれているだけなんだと。
(話さなくてもちっとも嫌じゃないわ)
元々はリリーシュも、口数の多い方ではない。家ではずっとラズラリーの聞き役だったり、エリオットも話題の豊富な話し上手だった為に自然とリリーシュは聞く側だった。それを嫌だと思った事はないし、あれこれ聞かれるよりも人の話に耳を向けていた方がずっと楽だったから。
冬の澄み切った空気が頬を撫でるたびに、ルシフォールの頬がピクリと反応する。それが面白くて、リリーシュは思わずジッと観察してしまう。それに気付いたルシフォールが、照れ隠しのようにぷいとそっぽを向いた。
「ふふっ」
「…お前、俺をからかっているだろう」
「そんな事はありません」
口ではそう言いながらも、リリーシュはくすくすと笑いが止まらない。ルシフォールは、自分に男としての威厳がない事が悲しかったが、リリーシュの純粋な笑顔が見られて嬉しいという気持ちもあり、心情はなかなかに複雑だった。
「もしかしてあそこで放馬されている馬は、以前ルシフォール様が騎乗されていた子ではないですか?」
「この距離から良く分かったな」
「艶々で真っ白な毛並みでしたけれど、少しだけ茶が混ざっているのか光の加減によって金色に輝いて見えたのです」
「凄いんだな、リリーシュは」
白馬は数頭しか居ないとはいえ、たった一度見ただけでこの距離でルシフォールの馬を当てたリリーシュを、彼は素直に褒めた。
するとリリーシュは何故か、ヘーゼルアッシュの瞳をぱちぱちと瞬かせながらルシフォールを見つめる。
その様子に、ルシフォールも同じ様に目を瞬かせた。
「俺は何か、嫌な言い方をしたか?」
「いえ。ただ」
「ただ?」
「ルシフォール様が、私を凄いと褒めてくださったので」
「それでそんなにも驚いてるのか」
「はい」
「何故?」
「何故、でしょうか」
リリーシュはルシフォールから目を逸らし、澄んだ青い空をぼうっと見つめる。まるでルシフォールの瞳の様に綺麗な空だと、彼女は思った。
(何故と聞かれても良く分からないわ)
「リリーシュ」
普段とは様子の違う彼女にルシフォールは戸惑う。いつも浮かべられている公爵令嬢の笑みはどこにもなかった。
「私は、からっぽなんです」
ぽつりと、リリーシュは言葉を落とす。
「人生とはこんなもの。与えられた道を歩み、それ以上は求めない。運命には抗わず、戦わず、立ち向かわない。物分かりの良い子だと言えば聞こえは良いけれど、結局はただの臆病者で、アンテヴェルディ公爵家の令嬢という肩書きを取ってしまえば、ただのリリーシュに価値はありません。だって、中身がないのだから」
「リリーシュ、お前は…」
「驚きましたか?こんな事、令嬢が口にするべきではありませんものね」
(それなのにどうして私は…)
別に、人生をずっと悲観しながら生きてきた訳ではない。頼りないけれど優しい両親と兄、そして大好きな幼馴染とその家族。リリーシュは大切な人達に囲まれて、ちゃんと幸せな日々を過ごしていた。
しかし何故だろう。幼い頃からふと怖くなる事があったのだ。
自分から公爵令嬢を取ったら、一体何が残るのだろうと。
遊びも知らない、流行にも興味がない、社交性もない、知識も持ち合わせていない、母親に言われるがまま、ただその通りに生きてきた自分には。
誰かに好きだと言ってもらえるだけの価値が、本当にあるのだろうか。
エリオットはいつも、リリーシュを褒めていた。可愛い、天使だ、愛らしいと。
しかし彼女は内心それに、どう答えれば良いのかいつも分からなかったのだ。
分からない事は、考えない。だから自然と、エリオットの言葉を流す様になった。
彼はそういう人だから、言ってくれているだけなんだと。