ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
(私、こんな風に思っていたのね)

口に出して改めて、リリーシュは自覚した。鈍感というよりも、敢えて考えないようにしていたのかもしれない。抗うよりも受け入れる方が楽だし、自分はそういう性分なのだと思っていたけれど。

(本当は臆病者なんだわ)

「そうか」

ルシフォールは静かな口調でそれだけを口にする。その表情はいつもよりもずっと穏やかだった。

「似ているんだな、俺達は」

「私とルシフォール様が、似ている…?」

「あぁ。だからきっと上手くいく」

「…」

「何も心配するな。やりたい事も言いたい事も、我慢する必要はない」

「ルシフォール、様」

「大丈夫だ」

ふわりと、アイスブルーの瞳が細められる。初めて見る、こちらを慈しむような表情があまりにも綺麗で、リリーシュは言葉を失った。

同時に、鼻の奥がツンと痛くなる。自分が弱音を吐いてしまった事にも驚いたが、まさかこんな風に肯定してもらえるとは、思ってもいなかった。

ルシフォールは、きっと嘘を吐かない。彼の性分から、その場凌ぎの慰めではない事も分かる。

(どうしましょう。とても嬉しいわ)

胸の奥がじんわりと温かくなる。いや、それを通り越してしまって、今なら雪も簡単に溶かしてしまいそうな程に、手の平に熱が込もった。

「リリーシュ。次は何をしたい?」

「私は…」

「からっぽだと思うのなら、埋めていけば良いだけの話だ」

「…はい」

リリーシュが返事をすると、ルシフォールは満足げにほんの少し頬を緩めた。

「あの、ルシフォール様。私いつか、馬に乗ってみたいです」

「そうか」

「それから暖かくなったら、バスケットにサンドイッチやスコーンを詰めて、またここに来たいです」

「そうだな」

「あっ、でも雪が溶けてしまう前にもう一度雪遊びもしたいです!あの時は手に霜焼けが出来てしまって、とても痛かったのだけれど。今度は厚手の手袋を着ければ、もっとたくさん雪に触れられるわ」

「あぁ」

「それに私、ずっと前から木登りに憧れていて…」

一度話し始めると止まらない。次々とやりたい事を挙げていくリリーシュの表情は、本当に楽しげだった。

頬をほんのりと紅く染め、手をパタパタと色んな方向に振りながら瞳を輝かせる。

そんな彼女の姿を、ルシフォールは心から愛おしいと思った。

それから陽が落ち辺りがすっかり暗くなってしまうまで、二人はベンチに座り色んな話をした。

今日のリリーシュはいつもと違い、聞き役に徹する事はなかった。
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