ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
その夜の夕食会、リリーシュはネイビーブルーのドレスを身に纏い、ルルエと共に食堂へと向かう。ルシフォールのおかげで随分とコルセットの締めつけが随分と楽になり、美味しい料理を思う存分堪能できるようになった。

「そのドレス、とても良くお似合いですお嬢様。まるで殿下の瞳のお色みたい」

「ルシフォール様のお色とは少し違うわ。彼の瞳はもっと、澄みきった空の様なアイスブルーだわ。そこに光が差し込むと、まるで宝石みたいにきらきらと光るの」

「あらあら、随分とお詳しいですこと」

にやにやと笑うルルエに、リリーシュは思わず頬を膨らませた。

「もうルルエったら。からかわないでちょうだい」

「からかってなどいませんよ。お嬢様がお幸せそうで、私は嬉しいのです」

「幸せそう?そう見えるかしら」

「はい。私正直、ウィンシス家の方々とお会いしてしまったら、お嬢様は帰りたくなってしまわれるのではないかと思っていました。それが出来ず、落ち込んでしまうのではと」

「落ち込む…そうね、そうなってしまってもおかしくはないわよね」

「ですがあのお茶会の後、お嬢様は塞ぎ込んでいらっしゃらない様でしたので、私は安心したのです」

「心配してくれたのね。ありがとう、ルルエ」

「大好きなお嬢様の事ですもの、当たり前です」

「ふふっ」

温かなルルエの言葉に、リリーシュもにこりと微笑む。彼女の動きに合わせ、ネイビーブルーのドレスがふわりふわりと揺れた。

「それに、ルシフォール殿下も案外悪いお方ではないのかもしれないと、最近は思うようになりましたし」

「あんなに文句を言っていたのに」

「それはそうです。だって最初の態度があまりにも酷かったから」

ルルエはムッとした様子で、こそこそとリリーシュに耳打ちをする。

「でも、コルセットの話を聞いて少し印象が変わりました。それにお茶会の後お部屋までお嬢様を送って下さった時の表情も、見た事がない程優しげだったので」

「…そうね」

あの日の事を思い出すと、未だに胸がそわそわと騒ぐ。ルシフォールから告白を受けた事を、リリーシュはまだ誰にも話していない。

それでもルルエは、ルシフォールの変化に気付いたようだった。いや、側から見れば彼の変わりようは一目瞭然ではあるのだが。

「まぁだからといって私はまだ、殿下を認めた訳ではありませんけれどっ」

「まぁ、ルルエったら」

「ふふっ」

顔を見合わせて笑い合いながら、二人は食堂へと足を進めた。リリーシュは今日は特にお腹がペコペコだから食事が楽しみだと、胸を躍らせた。



「あら?」

食堂に到着すると、珍しくまだルシフォールの姿はなかった。フランクベルトに促され、リリーシュは席に着く。それから程なくして現れた彼は、昼間の時よりもずっと難しい顔をしていた。

「ルシフォール様、どうかなさいましたか?」

「何がだ?」

「お顔が怖いので」

リリーシュの言葉に、フランクベルトとルルエ以外の使用人達が固まった。

「…いや、何でもない」

ルシフォールが口にしたのはそれだけ。しかしてっきりもっと怒りを露わにするだろうと予想していた使用人達は、ルシフォールの柔和な態度に内心驚いていた。

ルシフォールも席に着き、次々に料理が運ばれてくる。リリーシュはにこにこしながら舌鼓を打ったが、対照的にルシフォールは殆ど手を付けていない。

もしかすると、寒い中ずっとベンチに座って居た所為で体調を悪くしたのかもしれないと、リリーシュは心配になった。

「ルシフォール様、申し訳ございません」

「何故謝るんだ?」

「私の所為で、体調を崩されてしまったのではと」

哀しげなリリーシュの瞳は、ルシフォールの皿に向けられている。

自分が殆ど食べていないからそう思ったのかと気付いたルシフォールは、リリーシュが自分を心配してくれたくれた事を内心喜ぶ。

「いや、それはない」

顔がニヤついてしまわないよう気を付けながら、それだけ口をにした。
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