ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
しかしリリーシュからすると、やはりどう見ても彼は様子がおかしかった。まるで出会った頃に戻ったかのように、むすっと怖い顔で料理を睨みつけている。

「……ですか?ルシフォール様」

「…」

「ルシフォール様?」

「あ、あぁ」

ルシフォールは完全に、リリーシュの話を聞いていなかった。体調が悪いわけではないのならば、何か悩み事でもあるのだろうかと、リリーシュはまた心配になる。

(あまり聞かない方が良いかしら)

友達らしい友達はエリオットかその妹であるリザリアくらいしか居ない。だからこういう時どうしたら良いのか、リリーシュは良く分からなかった。

いつものリリーシュならば、分からない事はそこで考えるのを止める。そしてそういうものだと現状を受け入れ、わざわざ踏み込んだりはしない。

しかし彼女はふと、今日の昼間の事を思い出した。自分が素直に吐き出した胸の内を、ルシフォールは受け止めてくれた。彼だってきっと、ああいった事は苦手だった筈なのに。

ーー何も心配するな。やりたい事も言いたい事も、我慢する必要はない

ーーからっぽだと思うなら、埋めていけば良いだけの話だ

嬉しかった、とても。誰かに受け入れて貰えるという事がこんなにも嬉しいなんてと、リリーシュは泣きそうになった程だ。

だから出来るなら、自分もルシフォールの力になりたい。悩んでいる事があるのなら、少しでも力になってあげたいと思う。

例えルシフォールがそれを望んでいなかったとしても、その時はその時だとリリーシュは意を決した。




カタンと立ち上がり、ゆっくりとルシフォールに近付いていく。流石のルシフォールも驚いたように目を見開いた。

「リリーシュ?」

「ルシフォール様」

リリーシュはアイスブルーの瞳をジッと見つめた。吸い込まれそうな程に綺麗だと、彼女は思う。

「もしもお力になれる事があるのなら、私に仰ってください」

「リリーシュ」

「ルシフォール様の助けになりたいのです」

「…」

ルシフォールは衝動的に、リリーシュの小さな手をそっと握った。何故か今どうしても、そうせずにはいられなかったのだ。本音を言えば、今すぐ胸の中に抱き締めてしまいたい。それ程に、目の前の女性が愛しくて堪らなかったのだ。

「あ、あの」

手を握られたリリーシュは頬を紅く染め、戸惑ったように視線をキョロキョロと彷徨わせる。その様子も本当に可愛いと思いながら、ルシフォールは彼女を見つめた。

「ありがとう、リリーシュ」

「は、はい」

「だか何故急にそんな事を?」

「ルシフォール様が何やら悩んでおいでの様に見えたのです。ここへ来られてからずっと、雰囲気がいつもと違ったので」

「…あぁ。それは」

「それは?」

ルシフォールは言い辛そうに、んんっと軽く咳払いをする。彼の頬も、リリーシュと同じ様に紅く染まっていた。

「リリーシュ」

「はい」

「俺の部屋に来ないか。その…住まいをそこに移してほしい」

思いもよらなかった台詞に、リリーシュはヘーゼルアッシュの瞳が零れ落ちそうなくらいに目を見開いた。

ルシフォールは照れながらも、彼女に触れた手を離そうとはしなかった。
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