ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ルシフォールは、自分がここまで情けない男だとは思わなかったと落胆する。ネイビーブルーのドレスの裾をぎゅっと握り締め、ただ純粋に自分を案じるリリーシュの姿。彼女に余計な心配をかけてしまった事を、彼は反省した。
ーー今居る宮殿の客間から、自分の住まう塔の部屋に移ってきてほしい
たったこれだけの事を言うのに、ルシフォールは緊張で何も喉を通らなかった。
今まで、発言を躊躇った事など一度もなかった。部下を辞めさせる時も、令嬢を追い出す時も、ただ事実だけを述べた。相手の気持ちを慮った事などなかったし、そんな必要もないと思っていた。
しかし、リリーシュは違う。彼女を好きだと自覚してからの自分は、以前よりももっと臆病になってしまった様に感じる。外を歩こうと誘う事でさえも緊張してしまうのだから。
今回の件も「もしも断られてしまったら」という思いが強く、結果として体調や何かあったのではと彼女を無駄に悩ませてしまう事態となった。
ルシフォールは意を決し、恥ずかしさに逸らしたくなる瞳をグッと堪える。触れた指先が燃える様に熱く、愛しい女性に触れるという事はこんなにも心が震えるものなのかと、ルシフォールは内心驚いていた。
自分は二十二にもなる成人男性であり、ましてや暴君と恐れられている男が、指先を触れ合わせただけでこんな風になるなど、特にユリシスには絶対に知られたくない。
リリーシュの方も慣れていない様子で、キョロキョロと恥じらう様に視線を彷徨わせている。それがまた、ルシフォールをどうしようもない気持ちにさせた。
「あ、あの…ルシフォール様」
「何だ」
「本当に宜しいのでしょうか」
「あ、当たり前だ。俺よりもリリーシュの方が、その…いいのか」
「私、ですか?」
「こちらに住居を移せば、本格的に婚約の話は進む。俺達は上手くいっているのだと、国王や王妃も思うだろう」
「…そうですね」
「嫌ではないのか、と。俺は、お前も知っての通り評判は最悪だし、リリーシュまで悪くいわれる様になるかもしれない」
「まぁ。そんな事ですか」
「そ、そんな事?」
リリーシュのきょとんとした様子に、ルシフォールも同じ様に瞳をパチクリとさせた。
「あっ、ごめんなさい。私自分の噂というものにあまり興味がなくて」
「そうなのか」
「それに、ルシフォール様の噂の事も私は気にしません。今はこうして、貴方が噂とは違う方であると知れたのですし」
「リリーシュ…」
頬を紅く染めながらもにっこりと笑う彼女に、ルシフォールは目を逸らせなかった。内心、嬉しくてどうしようもなくて、言葉が何も出てこない。
「ルシフォール様が宜しいのでしたら、私は…」
「ありがとう、リリーシュ」
「あの…はい」
気恥ずかしさを誤魔化す様に下を向いたリリーシュだったが、触れ合ったままの指先がチラリと視界に入り、余計に頬が熱く火照ったのだった。
ーー今居る宮殿の客間から、自分の住まう塔の部屋に移ってきてほしい
たったこれだけの事を言うのに、ルシフォールは緊張で何も喉を通らなかった。
今まで、発言を躊躇った事など一度もなかった。部下を辞めさせる時も、令嬢を追い出す時も、ただ事実だけを述べた。相手の気持ちを慮った事などなかったし、そんな必要もないと思っていた。
しかし、リリーシュは違う。彼女を好きだと自覚してからの自分は、以前よりももっと臆病になってしまった様に感じる。外を歩こうと誘う事でさえも緊張してしまうのだから。
今回の件も「もしも断られてしまったら」という思いが強く、結果として体調や何かあったのではと彼女を無駄に悩ませてしまう事態となった。
ルシフォールは意を決し、恥ずかしさに逸らしたくなる瞳をグッと堪える。触れた指先が燃える様に熱く、愛しい女性に触れるという事はこんなにも心が震えるものなのかと、ルシフォールは内心驚いていた。
自分は二十二にもなる成人男性であり、ましてや暴君と恐れられている男が、指先を触れ合わせただけでこんな風になるなど、特にユリシスには絶対に知られたくない。
リリーシュの方も慣れていない様子で、キョロキョロと恥じらう様に視線を彷徨わせている。それがまた、ルシフォールをどうしようもない気持ちにさせた。
「あ、あの…ルシフォール様」
「何だ」
「本当に宜しいのでしょうか」
「あ、当たり前だ。俺よりもリリーシュの方が、その…いいのか」
「私、ですか?」
「こちらに住居を移せば、本格的に婚約の話は進む。俺達は上手くいっているのだと、国王や王妃も思うだろう」
「…そうですね」
「嫌ではないのか、と。俺は、お前も知っての通り評判は最悪だし、リリーシュまで悪くいわれる様になるかもしれない」
「まぁ。そんな事ですか」
「そ、そんな事?」
リリーシュのきょとんとした様子に、ルシフォールも同じ様に瞳をパチクリとさせた。
「あっ、ごめんなさい。私自分の噂というものにあまり興味がなくて」
「そうなのか」
「それに、ルシフォール様の噂の事も私は気にしません。今はこうして、貴方が噂とは違う方であると知れたのですし」
「リリーシュ…」
頬を紅く染めながらもにっこりと笑う彼女に、ルシフォールは目を逸らせなかった。内心、嬉しくてどうしようもなくて、言葉が何も出てこない。
「ルシフォール様が宜しいのでしたら、私は…」
「ありがとう、リリーシュ」
「あの…はい」
気恥ずかしさを誤魔化す様に下を向いたリリーシュだったが、触れ合ったままの指先がチラリと視界に入り、余計に頬が熱く火照ったのだった。