ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーー
「フランクベルト。本当にありがとう。貴方のおかげでとても快適な生活でした」
執事のフランクベルトに挨拶をすると、彼はくしゃりと目尻に皺を寄せながら微笑む。
「ルシフォール殿下とリリーシュ様のお幸せを、心よりお祈り申し上げております」
「ありがとう」
「きっとまた、お会いできる機会もありましょう」
「楽しみにしていますわ」
フランクベルトは唯一、リリーシュがここにやってきたその日から今まで態度を変える事のなかった人物。それがリリーシュにとって、どれだけ嬉しかったか。ルルエが他の使用人達に溶け込める様計らってくれたのも彼らしく、リリーシュは改めてフランクベルトの存在をありがたく思った。
それはフランクベルトもまた同様で、リリーシュの事を少し変わっているけれど良い子だと思っていた。高位貴族の令嬢に良く見られる横柄な態度や使用人を見下した仕草も、彼女からは一度も取られた事がない。
リリーシュの住まいがルシフォールの元へと移ると聞いた時、フランクベルトは思わずほろりと涙を流してしまった程だ。どうか不憫なルシフォール殿下に幸せが訪れますように、と。
本宮殿を離れたリリーシュは、新たな執事に案内されルシフォールが拠点としている宮殿へ、ルルエと共に足を踏み入れた。
男色家の噂は虚偽だったとはいえ、女嫌いというのは嘘ではないのだろう。実際こちらの宮殿で女性を見かけた事は一度もないし、ルシフォールが自分以外の女性と話している場面も目にした事がない。
事前に侍女のルルエだけは許可を得ていたリリーシュだったが、もしかしたらこれから身の回りの事は自分でしなければならないのかもしれないと彼女は思った。
(こんな事なら、もっとメイド達から色々と習っておけば良かったわ)
まさか男性の使用人に着替えを手伝わせる訳にもいかないし、慣れるまでは少し不便だとリリーシュは思う。だからといって、別にどうだという事もないが。ルルエも居てくれるしなるようになるだろうと、リリーシュは特段悲観する事もなかった。
「リリーシュ」
螺旋階段から降りてくるルシフォールの姿を見つけたリリーシュの胸は、トクンと高鳴る。その瞬間彼女は自身の胸に手を当て、首を傾げる。
「どうした?」
その様子を見て足早に彼女の元へと近付くルシフォール。リリーシュは首を振り、にこりと笑ってみせた。
それが公爵令嬢の笑みである事にルシフォールは少しだけ傷付いたが、考えても仕方ないと自身を納得させる。
リリーシュに「恋愛というものが良く分からない」とはっきり言われたのに、こんな風に囲う様な真似をしたのは卑怯だろうか。
彼女の様子を見るに、悪く思われている雰囲気ではなさそうだが。
「ルシフォール様。こんにちは」
「手伝えなくてすまなかったな。午前中は執務が立て込んでいたんだ」
「謝らないでください。お勤めご苦労様でございました」
「あぁ」
表情を和らげるルシフォールを見て、リリーシュの胸がまたとくんと音を立てる。
(何だか今日のルシフォール様は一段と輝いて見えるわ)
ルシフォールは、女の自分よりもずっと綺麗な顔をしているとリリーシュは思う。しかし彼女は、ルシフォールの本当に魅力的な部分は外見よりも中身の方なのではないかと感じるようになっていた。
普段は氷の様な瞳をしたルシフォールが、自分に向ける柔らかな表情。
本当に、最初の頃からは考えられない程、ルシフォールの印象は違っている。
その証拠に彼女がルシフォールにエリオットを重ねる回数は、日を追うごとにどんどんと減っていった。そして今では、それが殆どなくなっていたのだ。
いつの間にか、半ば無意識にエメラルドの宝石を身に付ける回数も、ぐっと少なくなった。
「フランクベルト。本当にありがとう。貴方のおかげでとても快適な生活でした」
執事のフランクベルトに挨拶をすると、彼はくしゃりと目尻に皺を寄せながら微笑む。
「ルシフォール殿下とリリーシュ様のお幸せを、心よりお祈り申し上げております」
「ありがとう」
「きっとまた、お会いできる機会もありましょう」
「楽しみにしていますわ」
フランクベルトは唯一、リリーシュがここにやってきたその日から今まで態度を変える事のなかった人物。それがリリーシュにとって、どれだけ嬉しかったか。ルルエが他の使用人達に溶け込める様計らってくれたのも彼らしく、リリーシュは改めてフランクベルトの存在をありがたく思った。
それはフランクベルトもまた同様で、リリーシュの事を少し変わっているけれど良い子だと思っていた。高位貴族の令嬢に良く見られる横柄な態度や使用人を見下した仕草も、彼女からは一度も取られた事がない。
リリーシュの住まいがルシフォールの元へと移ると聞いた時、フランクベルトは思わずほろりと涙を流してしまった程だ。どうか不憫なルシフォール殿下に幸せが訪れますように、と。
本宮殿を離れたリリーシュは、新たな執事に案内されルシフォールが拠点としている宮殿へ、ルルエと共に足を踏み入れた。
男色家の噂は虚偽だったとはいえ、女嫌いというのは嘘ではないのだろう。実際こちらの宮殿で女性を見かけた事は一度もないし、ルシフォールが自分以外の女性と話している場面も目にした事がない。
事前に侍女のルルエだけは許可を得ていたリリーシュだったが、もしかしたらこれから身の回りの事は自分でしなければならないのかもしれないと彼女は思った。
(こんな事なら、もっとメイド達から色々と習っておけば良かったわ)
まさか男性の使用人に着替えを手伝わせる訳にもいかないし、慣れるまでは少し不便だとリリーシュは思う。だからといって、別にどうだという事もないが。ルルエも居てくれるしなるようになるだろうと、リリーシュは特段悲観する事もなかった。
「リリーシュ」
螺旋階段から降りてくるルシフォールの姿を見つけたリリーシュの胸は、トクンと高鳴る。その瞬間彼女は自身の胸に手を当て、首を傾げる。
「どうした?」
その様子を見て足早に彼女の元へと近付くルシフォール。リリーシュは首を振り、にこりと笑ってみせた。
それが公爵令嬢の笑みである事にルシフォールは少しだけ傷付いたが、考えても仕方ないと自身を納得させる。
リリーシュに「恋愛というものが良く分からない」とはっきり言われたのに、こんな風に囲う様な真似をしたのは卑怯だろうか。
彼女の様子を見るに、悪く思われている雰囲気ではなさそうだが。
「ルシフォール様。こんにちは」
「手伝えなくてすまなかったな。午前中は執務が立て込んでいたんだ」
「謝らないでください。お勤めご苦労様でございました」
「あぁ」
表情を和らげるルシフォールを見て、リリーシュの胸がまたとくんと音を立てる。
(何だか今日のルシフォール様は一段と輝いて見えるわ)
ルシフォールは、女の自分よりもずっと綺麗な顔をしているとリリーシュは思う。しかし彼女は、ルシフォールの本当に魅力的な部分は外見よりも中身の方なのではないかと感じるようになっていた。
普段は氷の様な瞳をしたルシフォールが、自分に向ける柔らかな表情。
本当に、最初の頃からは考えられない程、ルシフォールの印象は違っている。
その証拠に彼女がルシフォールにエリオットを重ねる回数は、日を追うごとにどんどんと減っていった。そして今では、それが殆どなくなっていたのだ。
いつの間にか、半ば無意識にエメラルドの宝石を身に付ける回数も、ぐっと少なくなった。