ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
二人並んで歩いている間、リリーシュはじっとルシフォールの横顔を見つめていた。これには流石のルシフォールの居心地が悪い…というよりも気恥ずかしく、どこを見て良いのか分からなかった。

「…リリーシュ」

「はい」

「何か言いたい事があるのか」

「えっ?」

「ずっと、俺を見ているから」

「あ…ごめんなさい私」

「いや、謝る必要なはない」

「ルシフォール様の瞳のお色が綺麗で、つい」

「…」

「ルシフォール様?」

ルシフォールは口元を手で押さえながら、ピタリと足を止める。つられて立ち止まったリリーシュの顔を覗き込み、彼女の瞳をジッと見つめた。頬が紅く染まっているのを、彼は隠しきれていない。

「お前の瞳の方がずっと綺麗だ」

「あ、あの…」

「その瞳の色も、髪の色も、お前を創り上げている全てが綺麗だ」

「ル、ルシフォール様」

「俺は一体、何を言っているんだ…」

照れを誤魔化す様に自身の前髪をくしゃくしゃにするルシフォールを、リリーシュは可愛らしいと思った。恥ずかしそうにされると、それがこちらにも映ってしまう。

(ルシフォール様が仰ると、本音の様に聞こえてしまうわ)

あれだけ毒舌暴言を吐いていた人間が、リリーシュの事だけを褒める。それが彼女にとっては堪らなくむず痒かった。



「ここだ」

宮殿の一番上階にある広い部屋。煌びやかな装飾は殆どなく、重厚さを感じさせる調度品が数点飾ってあるだけ。天井まである大きな本棚にはびっしりと本が詰まっており、執務室でもないのに机にはこれでもかという程に書類が積まれていた。

「ふふっ」

実にルシフォールらしい部屋だと思ったリリーシュは、無意識に頬を緩める。こんな部屋を見てもそんな反応を見せる彼女が、ルシフォールは堪らなく可愛かった。というよりも近頃は、もうリリーシュが何をしても可愛いとしか思えないから困ってしまう。

「お前の部屋は、私の部屋の隣だ。しかしその…俺たちの部屋は扉で繋がっている」

「あ…はい」

「リリーシュ」

戸惑う仕草を見せるリリーシュに、ルシフォールはハッキリと言った。

「俺はリリーシュの気持ちがはっきりするまで、決して勝手にお前の部屋に入ったりしないと誓う」

「…」

「信用できないと言うなら、俺とは階の違う部屋をすぐに用意させる」

「…いえ。このままで」

俯きながらも、リリーシュは首を横に振る。内心緊張していたルシフォールは、ほっと溜息を吐いた。

「ルシフォール様は、お優しい方ですね」

「そんな事は初めて言われた」

「本当の貴方を知れば、きっと皆好きになります」

「それはお前も、か?」

「えっ?」

「…いや。何でもない」

ルシフォールはふいと顔を逸らす。それを見たリリーシュの胸はまた、とくんと小さな音を鳴らした。
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