ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第十四章「少しずつ、少しずつ、変化していく」
「ルシフォール!」

バン!と執務室のドアが壊れんばかりの音を立てて開き、ルシフォールは思いきりしかめ面を浮かべる。自分にこんな態度を取る人物は、たった一人しかいない。

「帰って早々、騒がしいなお前は」

「だってさこんなの、驚かずにはいられないじゃないか!」

「煩い」

「あ、ただいまルシフォール」

思い出したようにニコッと片手を上げるユリシスに、ルシフォールは大きく舌打ちをしてみせる。何か言われるだろうとは思っていたけれど、やはりこの男は面倒だ。

「向こうとの交渉は無事済んだようだな」

「当たり前じゃないか。僕とアンクウェル殿下だよ?思いきりこちらに有利な公約を結んで帰ってきたに決まってる」

「…憎たらしいなお前は」

「えっ、今何か言った?」

「別に」

ユリシスは普段人を苛つかせる天才であるのに、こと人身掌握については恐ろしく長けている男である。それは兄であり第二王子アンクウェルも同様であり、現在このエヴァンテル王国の外交関係は殆どこの二人が担っているといっても過言ではない。

ルシフォールには絶対に出来ない事をいとも簡単にこなしてみせるユリシスを、なんだかんだで認めてはいるのだ。

「僕聞いてないからね!何で前もって教えてくれないんだ、僕達親友じゃないか!」

「…」

癪なので、本人には言いたくないが。

ユリシスが何故こんなに騒いでいるのかといえば、それはリリーシュをこの宮殿に呼び寄せたからに他ならない。少し前から外交で国に居なかったユリシスは、帰ってからその事実を知り大いに驚かされた。

「そっか。でも良かった。君の初恋はようやく身を結んだという訳だね」

こちらが執務中もお構いなし。カウチソファに腰を下ろし、脚を組んでにやにやといやらしい笑みを浮かべている。

「気持ち悪い言い方をするな」

「でも間違ってはいないだろう?」

「お前の考えは何もかも間違っている」

「一体何が?」

「まだリリーシュからは、返事を貰ってない」

「えっ!」

瞳が零れ落ちんばかりに目を見開いてみせるユリシスに、ルシフォールはぎりりと奥歯を噛んだ。

「じゃあ、無理矢理連れてきたの?」

「それも違う」

「じゃああれだ。彼女お得意の“現状を受け入れる”ってやつ」

「…それも、違う気がする」

途端にルシフォールの声色が低いものになる。本音を言えば、彼にも自信がなかったからだ。嫌われているとは思わないが、まだ男として見られているとも思えない。

結局のところ、彼女の真意はルシフォールにも量る事は出来なかった。

「でも俺は、出来る事はなんだってするつもりだ」

「…そっか。実に頼もしいね」

「ふん」

ルシフォールがふいと顔を逸らす様を、ユリシスは感慨深げに見つめた。いつぞやのアフタヌーンティーの件については、ユリシスの耳にも届いている。

エリオットとの対峙で彼にも思うところがあったのだろうと、ユリシスはふてぶてしい従兄弟の顔を眺めたのだった。
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