ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「という事だから、宜しく頼んだわねルシフォール」

王妃の住まう宮に呼ばれたルシフォールは、今言われた事がにわかには信じられなかった。いや、普通であれば特段おかしな事ではないのかもしれない。ルシフォールとエリオットは恋敵以前に、従兄弟なのだから。

「…それは、私でなければならないのでしょうか」

「貴方の剣の腕が素晴らしいと、私が思っているからよ」

実際目にした事もないくせにと、嫌味を言いたくなるのをルシフォールはグッと堪える。実の母親との会話とは思えない程、二人の心には距離がある。特にルシフォールの方は、明らかにオフィーリアを警戒していた。

オフィーリアがルシフォールに頼んだのは、寄宿学校が冬季休暇の間この王宮でエリオットに剣の稽古をつけてほしいというものだった。言われた瞬間、ルシフォールは「この人は全てを知っている」と悟った。

偶然である訳がないが、それを指摘したところでのらりくらりとかわされるだけ。実際ルシフォールとエリオットは従兄弟なのだから、交流するのはおかしい事ではない。

「彼の父親もかつては名の通った剣の使い手だと聞いています。私でなくとも」

「この私が、やって頂戴と言っているの。それ以外に理由がいるかしら」

「…」

「早速明日からお願いするわね」

「…ご期待に添えるか分かりませんが」

「あらそんな事ないわよ。貴方はとても優秀な子だもの」

口元を扇で隠しながら目線だけをルシフォールに向ける母親の姿に、彼は言い知れぬ苛立ちを覚えた。この女性は、自らの掌で他人がくるくると踊る様を見るのが何よりも好きなのだろう。

一体どこまでが策略なのか知らないが、リリーシュを好きになったのは自分の意思だ。それだけは絶対に操られた訳ではないと、ルシフォールは母親を睨みつける。

オフィーリアはどこ吹く風で、扇の中では口元が弧を描いていた。あのルシフォールがこんなにも感情を露わにしている様が、楽しくて仕方なかったのだ。

一見地味で何の取り柄もないただの公爵令嬢に見えたが、オフィーリアは案外彼女の事を気に入っていた。

舞踏会の夜、濃緑のドレスを贈った自分に対するあの受け答え。人畜無害そうにみえてとんだ強情娘だと、オフィーリアは嬉しくなった。ルシフォールを変える女はこうでなくては、と。

「ねぇルシフォール。貴方リリーシュを自身の塔へ招いたそうね」

「何か問題でも?」

「あの子はまだ、貴方の正式な婚約者ではないという事を忘れてはいけないわ。私が一言駄目だといえば、リリーシュは家に戻される。当然、借金と一緒にね」

「…仰りたい事があるのなら、はっきり仰ってください」

「他意はないのよ?借金にまみれた憐れな公爵令嬢が、王家に身売りをしたの。こんなありふれたお話、観劇のタネにもならないわよね」

「…」

「彼女には負い目がある。だから貴方に従うのは当然の事なのよ。貴方だって、その方が扱いやすいでしょう?」

オフィーリアの言葉に、ルシフォールは拳をグッと握り締める。ここで取り乱したところで何の意味もないと、怒りに狂いそうな自身を必死に宥めた。

「始まりがどうであろうと、この先を決めるのは私達だ。貴女がどれだけ手を回そうが、全ての事が思い通りになる訳ではありません。私はこの通り、性根がねじ曲がっていますから」

「まぁ」

「執務が立て込んでおりますので、そろそろ失礼させて頂きます」

恭しく挨拶をしたルシフォールはサッと身を翻すと、そのまま部屋を出ていった。

先程のルシフォールの挑戦的な瞳を思い出し、オフィーリアの背筋がゾクリと震える。まさかあの捻くれ者が本当に、誰かを愛する日が来るなんて。

あぁ。なんて楽しいのかしら。

オフィーリアは転げ回りたい衝動を抑え、ころころと少女の様に声を上げて笑った。
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