ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「まぁ、今日の紅茶はとても美味しいわ」

カップに口を付けたラズラリーが、少女のように顔を綻ばせる。その姿を見て、リリーシュも頬を緩めた。

今日の彼女も、とてもキラキラと輝いている。胸元には、存在感の強いネックレス。綺麗な顔をしているのだから、そんなに主張の強いアクセサリーなど着ける必要はないのにとリリーシュは思ったが、口には出さなかった。

「以前、ランツ侯爵夫人のアフタヌーンティーに招いて頂いた時に飲んだ味が忘れられなくて。取引をしている商人を教えていただいたのです」

「まぁ、そうだったの。リリーシュは賢いのね」

「お母様も、あの時紅茶を召し上がっておりましたよね?」

「お喋りに夢中で、良く覚えていないの」

ラズラリーはそう言うと、またカップに口を付ける。余程紅茶が気に入ったらしい。リリーシュも、あの紅茶がこれからはいつでも飲めるのだと思うと、とても嬉しかった。

紅茶を取り扱っている商人には屋敷の執事を通して交渉したのだが、執事はその商人の手広さに痛く感心したと言っていた。国内だけでなく、隣接している友好国にも頻繁に足を運び、今どこで何がどんな風にどんな層に需要があるのかを、逐一視察しているらしい。

そこらの貴族より余程莫大な資産を有しているだろうと、何故かワクワクした表情で執事は語っていた。きっと、同じ男として実力でのし上がった者を純粋に称賛しているのだろう。

「あぁ、やっぱり美味しいわ」

遅れてリリーシュも紅茶を一口飲み、感嘆の溜息を漏らした。何でも、この国で取れた茶葉ではないらしく、アンテヴェルディ家が普段仕入れている商家は知らないようだった。

ランツ侯爵夫人は気さくな方で、快くあの商人を紹介してくれた。自分が気に入ったものを褒められるのは、とても嬉しいと。

あの時のランツ侯爵夫人の笑顔を思い浮かべながら、リリーシュは細かな細工の施された金食器に乗ったスコーンに、フォークを伸ばす。

焼き立てのそれを口に含めば、途端にほろほろと解けていった。やっぱり、お菓子はうちのパティシエの作ったものの方が美味しい。

ランツ侯爵夫人の屋敷でただ一つ残念だったのが、スイーツが紅茶のレベルに見合っていないということだったのを、リリーシュは思い出す。

今度、ランツ侯爵夫人に腕利きのパティシエを紹介させてもらうのは、失礼だろうか。うちのパティシエに、いい人物は居ないかそれとなく聞いてみよう。

美味しいものに囲まれて幸せな気持ちになりながら、リリーシュはそんなことを考えていた。

「もうリリーシュったら、私の話を全く聞いていないんだから!」

甲高い母親の声で、リリーシュはハッと顔を上げる。見れば、正面に座っているラズラリーが不貞腐れたように頬を膨らませていた。

「ごめんなさい、お母様。少し考え事をしていて。お話は、何でしたか?」

「リリーシュってば、ちゃんと聞いていてくれないと嫌よ」

「気を付けますね」

ラズラリーはぷんぷんしていたが、再び自身の話を始めると途端に上機嫌になった。

「今度貴女のお父様が、新しい商売を始めるの。何と、私がデザインした宝石のアクセサリーをお隣のスーザナシア王国で売ってくれると言うのよ」

「お母様のデザインしたアクセサリー?」

「ほら、今日着けているこれもそうなの。それに、この間見せたブローチも」

ラズラリーは嬉々として胸を張っているが、リリーシュは一瞬にして不安になった。
< 12 / 172 >

この作品をシェア

pagetop