ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
“この人なら分かってくれる”という感情を、リリーシュは無意識のうちにルシフォールに抱いていた。仕方ない、なるようになるという考えの元生きてきた彼女にとってそれは劇的な変化であるという事に、まだ本人は気付いていない。

誰かに対してこんな風に感情を露わにしてみせたのは、いつぶりだろうか。幼い頃、エリオットのバースデーパーティーで泣いてその場から逃げ出した時以来かもしれないとリリーシュは思う。

彼女はそれ程、ルシフォールが自分に対して本音を見せてくれない事が悲しかった。リリーシュは最近、ルシフォールの前でだけは気が緩む。一番、公爵令嬢として振る舞わなければならない相手である筈なのに。

そして、少しずつではあるがリリーシュも自覚し始めていた。

(この人の前では私、まるで子供の様だわ)

それが良い事なのかいけない事なのかは、分からないけれど。アンテヴェルディ公爵令嬢としての自分はぽろぽろと剥がれ落ち、とうの昔に置いて来た筈の等身大のリリーシュが顔を出す。

そしてそれを見たルシフォールが嬉しそうに受け入れてくれる姿を見ると、リリーシュは堪らない気持ちになるのだ。

「す、すまないリリーシュ」

あまりの可愛らしさに見惚れていたルシフォールだったが、ハッと我にかえり必死にフォローする。彼女はまだ、頬をぷくっと膨らませたままだった。

「良いのです。言いたくない事があったって当然ですもの」

「そうじゃない。そうじゃなくて…」

ルシフォールは立ち上がり、以前リリーシュがそうしてくれた様にしゃがみ込んで目線を合わせた。

「お前に、小さな男だと思われるのが嫌だった」

「えっ?」

「今日、王妃から言われた。明日からエリオット・ウィンシスがここにやってくるから、お前が剣の稽古をつけろと」

リリーシュはその言葉に目を見開く。ヘーゼルアッシュの瞳が揺れ動くのを見て、ルシフォールの胸はずきりと軋んだ。

「俺はあの男に、妬いているんだ」

ルシフォールは隠す事なく、はっきりとそう告げた。リリーシュと向き合うという事はこういう事だと、彼は彼なりに誠実であろうとしている。

本音を暴言で隠していた幼稚な自分を変え、彼女に愛してもらいたい。その為ならば何でもすると、ルシフォールは思っていた。

「ルシフォール様…」

「幻滅、したか?」

「まさか」

リリーシュはふるふると首を横に振る。確かに今目の前に居るルシフォールの表情は不安げで、まるで母親に捨て置かれる事を怖がっている子供の様だ。

そんな彼を見ていると、思わず抱き締めてしまいそうになる。

「今さら、幻滅も何もないか」

散々彼女を邪険に扱っていた癖に、嫌われる事が怖いだなんて。なんて面倒で情けない男なんだろうと、ルシフォールは項垂れる。

リリーシュは花が綻ぶ様に、ふわりと微笑んだ。

「ルシフォール様が私を受け入れてくださった様に、私も貴方を受け入れたいです」

「リリーシュ…」

「話してくださって嬉しいです、ルシフォール様」

エリオットの事に触れていないのは敢えての事であると、ルシフォールも何となく気付いていた。しかしそれ以上に、彼女から言われた言葉が嬉しくて。思わず泣いてしまいそうになるのを堪え様と、眉間にグッと力を入れた。
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