ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
ーー

翌日リリーシュは侍女のルルエと共に、訓練場にやってきた。近頃は益々寒さが厳しいものとなり、辺り一面雪で覆われている。見習い騎士達の訓練によって踏み固められた雪は、泥に塗れ汚かった。

(ルシフォール様、大丈夫かしら)

寒さに弱いルシフォールを心配しながら、彼女自身も毛皮のマントに身を包んでいる。昨日一晩、色々な事を考えあまり良く眠れなかった為に、リリーシュの顔色は少し青白った。

夜更けにベッドに腰掛け、エリオットの事を思い浮かべた。あのアフタヌーンティーの日は、久し振りにウィンシス一家に会えて本当に嬉しかった。エリオットが昔と変わらない笑顔を向けてくれた事にも、リリーシュは安堵した。

彼は大切な幼馴染であり、リリーシュにとってかけがえのない存在。嫌われてしまうのは辛い。

ここに来てからずっと、リリーシュはルシフォールに幼い頃のエリオットを重ねていた。そうやって無意識の内に、彼に会えない寂しさを紛らわせていたのだ。しかし最近では、それも滅多にない。

ルシフォールはルシフォールであり、誰の代わりでもない。同時に、エリオットだってエリオットでしかない。久しぶりに彼に会い、リリーシュは改めて自分がどれだけエリオットに会いたかったのかを実感したのだった。

本当の兄よりも、兄の様に思っているかもしれない。

「見てくださいお嬢様!エリオット様が居ます!」

「そうねルルエ」

「相変わらず麗しい美青年です…」

昔からエリオットを気に入っているルルエは、ほうっと溜息を吐きながら訓練場を見つめる。彼女の瞳にルシフォールは映っていない様だった。

(ルシフォール様は本当に、何をしても絵になる方だわ)

エリオットと対峙し剣を交えているルシフォールを見て、リリーシュは改めてそう思う。 

後ろで一つに束ねられたプラチナブロンドの髪が、動きに合わせて馬の尻尾の様に揺れている。細められたアイスブルーの瞳は常に相手の動向に向けられていて、その真剣な様子にリリーシュは目が離せなかった。

「ふふっ、お嬢様も目を奪われているじゃないですか。やっぱり、エリオット様に会いたかったのですね」

「え…?」

「あっ、申し訳ございませんこんな場所で」

ルルエは慌てた様にパッと手で口を押さえる。リリーシュが見つめていたのはエリオットではないのだが、特に否定する必要もないかと彼女は何も言わなかった。

「リリーシュ」

鞘に収めた剣を片手にこちらにやって来たのは、ユリシスだった。相変わらず人当たりの良さそうな笑みで、リリーシュに向かって手を挙げた。

「ユリシス様。こんにちは」

「何だか久々に顔を見た気がするね。元気だった?」

「はい。ユリシス様も、お勤めご苦労様でございました」

「うん、ありがとう」

ユリシスは軽快に受け答えしつつも、リリーシュの様子を細かく観察していた。

まるで生死をかけた闘いであるかの様に大袈裟な表情で、刃のない剣を交えている二人の男達。

彼女はそんな状況見て、どう思っているのだろうかと。
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