ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
リリーシュは、ちくちくと刺さるいくつもの視線に気付きながらも、知らんふりをしてルルエと共にベンチに腰掛けていた。冷えるからと彼女が掛けてくれた膝掛けの中で、拳をキュッと軽く握る。

(前よりもっと居心地が悪いわ)

こちらに部屋を移してから、こうしてちゃんと外に出るのは初めてかもしれないとリリーシュは思う。本宮殿に行くには馬車が必要になるし、ルシフォールが執務に追われている時に宮殿の中をふらふらと歩くのも、何だか気が引けたからだ。

最近ルシフォールはあまり部屋に戻っていない様子だったので、リリーシュはそれを執務が立て込んでいる所為だと思っている。

実際は、ただルシフォールが隣の部屋に居るリリーシュを意識し過ぎて、つい執務室の方へ篭りがちになっているという、なんとも子供じみた理由なのだが。

「よし、少し休憩にしよう」

指導官の男性の一言で、剣が交わっていた音が止む。皆雪など気にもしていない様子で、どかりとその場に座り込んでいる。

玉の様な汗が額に浮かんでいるのを見て、自分も体を動かせば寒くなくなるのではないかと、リリーシュはぼうっと考えた。

「リリーシュ」

少し離れた場所から、ルシフォールがこちらへ近付いてくる。それを見たリリーシュは立ち上がると、たたっと彼の元へ駆けて行った。その様子をエリオットが驚いた様に見つめていたが、彼女は気が付いていない。

はらりと落ちたブランケットを、ルルエが優しい表情を浮かべながら拾い上げた。

最初からは考えられなかった光景だと、しみじみ思いながら。

「ルシフォール様。お疲れ様でございます」

「見ているだけでは寒くないか」

「私は平気です。相変わらず、ルシフォール様の剣技に見惚れていました」

「…そうか」

「はい」

リリーシュに他意はない。素晴らしいと思ったものを、ただ素直に褒めただけ。しかし周囲から見れば、ただ婚約者同士がいちゃいちゃと愛を囁き合っている様にしか見えない。

それは、エリオットの目にも同じだった。

自分だって今すぐ彼女の元へと駆け寄りたいのに、立場上それが出来ない。ルシフォールはリリーシュの婚約者候補だが、自分はただの幼馴染でしかない。

ぎり、と奥歯を噛み締めながら、未だ手にしている訓練用の剣を握り締めた。

この話が来た時点でこうなるだろう事は、エリオットも分かっていた。しかし少しでも彼女に会える機会が与えられるならば、それを断るという選択肢など一瞬たりとも浮かばなかったのだ。
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