ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「ルルエ。久し振りだね」

「エリオット様も相変わらずの美青年ぶりでなによりです!」

「ははっ、ありがとう」

ルルエがエリオットを見つめる視線は、ルシフォールの時よりも何倍も輝いている。とはいってもルルエも、最初の頃よりもかなりルシフォールの事を認めてはいる。

ルルエが彼を嫌っていた理由はただ一つ。リリーシュへの態度が酷過ぎた事だった。今は、少しずつではあるが変わろうと努力している姿を見て、性根は悪い人ではないのかもしれないと思い始めていた。

まぁ、昔から知っているエリオットに比べればそれも些細なものではあるが。エリオットがリリーシュに対して冷たかったのはあくまで幼少期の照れ隠し、ルシフォールがしてきたそれとは全く違う。

エリオットは見た目の美しさはもちろんのこと、リリーシュに対する他意振る舞いや気遣いは物語に登場する王子の様だ。しかし、彼はてっきりお嬢様を幸せにしてくれるとばかり思っていたのにと、今は少々落胆もしていた。

「これから毎日、こちらへ来られるのですか?」

「あぁ。王妃陛下からはそうするようにと仰っていただいているよ」

「ですってお嬢様!良かったですね!」

ルルエの言葉に、リリーシュは答える事なくただにこりと微笑む。昔馴染みに会えるのは、確かに喜ばしい事だ。それにリリーシュはここへ来てから、ずっとエリオットに会いたくて仕方がなかった。

しかしどうしてだろう。今はエリオットに会える喜びよりも、ルシフォールを傷付けてしまうのではという思いが彼女の心を中を占めているのだった。

「エリオット、怪我をしない様にね。ご両親にどうか宜しくと伝えて」

「君のご両親にも、君の様子を伝えるよ」

「ありがとう。だけど両親の事は気にしないで」

リリーシュがそう言うと、エリオットは哀しげな顔を見せる。しかしリリーシュは、アンテヴェルディ家にはなるべく関わってほしくないと思っている。いつ何が王妃の癇に触るか分からないのだから。

「じゃあ、私行くわね」

「待ってリリーシュ」

エリオットは、どれだけその小さな手を取りたかったか分からない。感情をグッと抑え、彼女が手にしていたバスケットに素早く手紙を入れた。

「どうか、一人の時に」

「…分かったわ」

ただ幼馴染から手紙を貰っただけだったが、リリーシュは何故かとても後ろめたい気持ちになってしまった。

エリオットと別れ、ルシフォールの元へと戻る。彼はまるで何年も待ち続けた恋人を見るかの様な瞳をリリーシュに向けた。

(…どうしてかしら。とても胸が痛いわ)

彼女は反射的に、バスケットをサッと後ろに隠してしまった。

「リリーシュ…」

「お待たせして申し訳ございません。ルシフォール様」

にこりと微笑むリリーシュに手を伸ばしかけたルシフォールは、直前でグッと拳を握る。

「…あぁ」

触れたくて堪らないという衝動を隠すので精いっぱいで、たったそれだけしか言葉にできなかった。
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