ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。

第十五章「誰かを大切に想うということ」

ーー

夜、リリーシュはベッドに浅く腰を掛けた。手にしているのは、昼間エリオットから渡された手紙。すぐには見る事が出来ず、結局こんな時間になってしまった。

ランプに手元を近付けると、見慣れたエリオットの文字が整然と並んでいるのが見える。読み進めていくうち、リリーシュの手に自然と力が入った。

「…」

エリオットらしくないと、リリーシュは思う。彼はいつだって、リリーシュの事を第一に考えてくれる。万が一こんな内容の手紙を誰かに見られてしまえばどうなるかは、容易に想像がつくというのに。

(ごめんなさい、エリオット)

リリーシュは一度キュッと手紙を胸に抱き締めると立ち上がり、暖炉まで足を進める。手にしていた手紙をそこにくべると、あっという間に赤く燃えて消えた。

あの手紙には、リリーシュをここから出す為の算段がいくつか書かれていた。しかしそのどれを選んだとしても結局、ウィンシス家に迷惑を掛ける事になるだろう。それでは、リリーシュが当初ウィンシス家に黙ってここへやって来た意味がなくなってしまう。

きっとエリオット自身も、リリーシュがこの通りにするとは思っていない筈だと彼女は思う。エリオットは誰よりも、リリーシュの事を理解しているのだから。

(…私は、彼を哀しませているのね)

パチパチと燃えさかる炎をぼうっと見つめながら、リリーシュはこれから自分がどう立ち回ればエリオットを傷付けずに済むのかを、一生懸命に考えた。

彼にとって私は、大切な幼馴染。そんな存在が不幸な結婚に身を投じようとしているのを、見過ごす事が出来ないのだろう。エリオットはとても愛情深い人だから。

(それとも…)

今まであまり考えた事はなかったけれど、もしもエリオットが自分に対して特別な感情を抱いているのなら、もう会えなくなってしまうとリリーシュは思う。

今まであれだけ甘い言葉を囁かれて尚エリオットの気持ちに気が付かないリリーシュもかなり図太い神経の持ち主ではあるのだが、今までエリオットは彼女に″好きだ”とはただの一度も口にした事はないのだ。

そして、その言葉をはっきりと口にしたルシフォールと出来なかったエリオットの間には、とても大きな差があった。

こんな想像をしてしまうのも少し申し訳ないと、リリーシュは思う。エリオットが純粋な気持ちで自分を助けだそうとしているのでるのならば、尚更に。

「私は不幸なんかではないのに…」

ヘーゼルアッシュの瞳が揺れ動き、視線は無意識のうちに扉を見つめていた。この向こうにルシフォールが居るのだと思うだけで、リリーシュの胸はいつでもキュッと苦しくなる。

自分自身でも信じられない事ではあるが、ルシフォールはちゃんとリリーシュを見てくれる。確かに以前は酷い人物であったのかもしれないけれど、今の彼は違うと断言できる。

正直に言えば、彼から想いを伝えられた時は戸惑った。そして、きっと自分はその気持ちに応えられないとも。リリーシュには、恋愛感情というものが本当に分からなかったのだ。

しかし今、彼女は確かに感じている。ルシフォールという男性に惹かれていると。

その姿を思い浮かべるだけで頬が火照り、胸が締めつけられる。毎日顔を合わせているのに、離れるとすぐに声が聞きたいと思ってしまう。彼の柔らかな表情を見ると、まるで自分の事のように嬉しくなってしまう。

(私…ルシフォール様を好きになったのね)

エリオットからの手紙に心が躍らないのは、今が幸せだから。自分が不幸だなんて、これっぽっちも思わない。

「好き……」

言葉を紡いだその瞬間、リリーシュはその場に崩れ落ちる。真っ赤になっている顔を両手で覆い、無意識に潤む瞳を何度も瞬かせた。今この場に誰も居なくて良かったと、彼女は心底安堵した。
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