ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
翌日、漸く気持ちを理解したリリーシュはあれから殆ど寝付けず、昼前に目を覚ました。

「珍しいですね、お嬢様。お食事はいかがされますか」

リリーシュはまだはっきりとしない頭で、ぼうっとルルエを見つめる。

「スープだけで良いわ」

「お腹が空きますよ。ただでさえ、お嬢様は最近顔色が優れないのですから」

「平気よ」

立ち上がると少しふらりと目眩がしたが、またルルエに心配をかけてしまうと思ったリリーシュは何も言わなかった。

「お嬢様、スープが溢れています!」

「まぁ、熱いわ」

「お嬢様っ」

テーブルに着いてすぐ、リリーシュがスープを膝に溢してしまった。ルルエが慌てて駆け寄るが、リリーシュは未だ呆けた顔。これには流石のルルエも首を傾げる。

「一体どうなさったのですか?やっぱりお体が優れないのでは」

「そんな事ないわ」

「お嬢様…」

「心配かけてごめんなさい。ドレスを着替えたら、散歩に付き合ってくれるかしら」

「それはもちろん構いませんが…」

「ありがとう、ルルエ」

リリーシュ自身も、この状況に参っている。気を抜けばルシフォールの綺麗な顔が思い浮かんで、たちまち他の事を考えられなくなってしまうのだ。こんなのは初めてで、全くコントロールが出来ない。

先程着替えたドレスをまた脱ぎ、もう一度着替えを済ませる。丁度着替え終えたタイミングで、コンコンと部屋のドアがノックされた。

「まぁ、殿下!」

扉を開けたルルエの驚いた様な声に、リリーシュの肩がビクリと反応する。

「リリーシュは居るか」

「もちろんでございます。お嬢様、ルシフォール殿下がお見えですよ」

「あ……わ、わたくし……」

「お嬢様?」

「た、体調が!体調が優れないの!」

リリーシュはタタッと駆けだすと、ルシフォールの方を見ないままカウチソファに身を預けた。

「えっ?ですが先程は…」

「今悪化したの!今日は一日部屋でゆっくりする予定だから、殿下にはお帰り頂いて!」

「お嬢様、お散歩は…」

「とにかくお帰り頂いて!」

国の第三王子を追い返すなどルルエには酷な事を頼んでいる自覚はあったが、リリーシュはどうしてもルシフォールの顔を見る事が出来なかった。

そこに居ると分かっただけでこんなにも顔が熱くなるというのに、あのアイスブルーの瞳に見つめられれば自分などあっという間に溶けてなくなってしまう。

十六にして初めて恋というものを自覚したリリーシュは、どうしたら良いのか分からなかったのだ。

二人は何やら話している様子だったが、そのうちにパタンと扉の閉まる音が聞こえた。自分から帰れと言い出したのに、いざそうなると寂しく感じてしまうリリーシュだった。
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