ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
「…リリーシュ」
不思議だ。こうして扉越しに声を聞くと、なんだかいつもと違って聞こえるとリリーシュは思う。耳心地の良い彼の声は、リリーシュの騒ついた心を優しく撫でてくれた。
「ルシフォール様。今日は申し訳ございませんでした。昼間も、夕食も」
「体調が悪かったんだろう、気にする必要はない。もう今は良いのか?」
「…」
「リリーシュ?」
「…体調が悪いというのは、嘘なのです」
「嘘…?」
「本当に、申し訳ございません」
扉に触れた指先が、微かにカタカタと震える。相手に嫌われるかもしれないと思うのが、こんなにも怖い事だったなんて。
「…」
一方で、ルシフォールの胸中も複雑だった。あの日ルシフォールは、楽しそうに話しているリリーシュとエリオットを目の当たりにして、本当に胸が張り裂けてしまうかと思った。
剣術訓練で傷を負うよりも、梯子の上から落ちるよりも、ずっとずっと痛い。目に見えない傷は、治療の施しようがない。
もしかすると、リリーシュはここを出て行きたくなったのではないかとルシフォールは思った。あの優しげな幼馴染に触れ、改めてその大切さに気付いたのではないかと。
あの時、ルシフォールは彼女を信じた。今だって、信じたいと思っている筈なのに。
どうしても、卑屈な感情が消えてくれない。
「嫌だ」
「…ルシフォール、様」
「傍に居ると、言ったくせに」
「ルシフォール様」
「どうせお前も、俺を」
「ルシフォール様っ」
扉越しに聞こえたリリーシュの悲痛な声に、ルシフォールは言葉を止める。
「扉を、開けてくださいませんか」
「…嫌だ」
「貴方のお姿が見たいのです」
「俺は見られたくない」
「鍵を開けてくださらないのなら」
その声に続き、ガタガタと何かを動かす音が聞こえた。
「私が、壊します!」
「リリーシュ…っ」
ルシフォールは慌てて扉を開く。目に飛び込んできたのは、小さな体で必死に椅子を持ち上げようとしているリリーシュの姿だった。
「止めろ!怪我をする」
「ルシフォール様、良かった…」
リリーシュが椅子から手を離すと、それはガタンと音を立てて倒れる。彼女はそんな事はお構いなしで、タタッとルシフォールの元へ駆けた。
そしてその勢いのまま、胸の中へと飛び込む。
「ごめんなさい」
「リリー、シュ」
「貴方にそんな事を言わせてしまって、ごめんなさい」
ルシフォールの時は一瞬止まったが、自身の腕の中でふるふると震える愛しい存在をすぐに力いっぱい抱き締めた。
ふわりと鼻をくすぐる彼女の匂いに、ルシフォールは泣いてしまいそうだった。
不思議だ。こうして扉越しに声を聞くと、なんだかいつもと違って聞こえるとリリーシュは思う。耳心地の良い彼の声は、リリーシュの騒ついた心を優しく撫でてくれた。
「ルシフォール様。今日は申し訳ございませんでした。昼間も、夕食も」
「体調が悪かったんだろう、気にする必要はない。もう今は良いのか?」
「…」
「リリーシュ?」
「…体調が悪いというのは、嘘なのです」
「嘘…?」
「本当に、申し訳ございません」
扉に触れた指先が、微かにカタカタと震える。相手に嫌われるかもしれないと思うのが、こんなにも怖い事だったなんて。
「…」
一方で、ルシフォールの胸中も複雑だった。あの日ルシフォールは、楽しそうに話しているリリーシュとエリオットを目の当たりにして、本当に胸が張り裂けてしまうかと思った。
剣術訓練で傷を負うよりも、梯子の上から落ちるよりも、ずっとずっと痛い。目に見えない傷は、治療の施しようがない。
もしかすると、リリーシュはここを出て行きたくなったのではないかとルシフォールは思った。あの優しげな幼馴染に触れ、改めてその大切さに気付いたのではないかと。
あの時、ルシフォールは彼女を信じた。今だって、信じたいと思っている筈なのに。
どうしても、卑屈な感情が消えてくれない。
「嫌だ」
「…ルシフォール、様」
「傍に居ると、言ったくせに」
「ルシフォール様」
「どうせお前も、俺を」
「ルシフォール様っ」
扉越しに聞こえたリリーシュの悲痛な声に、ルシフォールは言葉を止める。
「扉を、開けてくださいませんか」
「…嫌だ」
「貴方のお姿が見たいのです」
「俺は見られたくない」
「鍵を開けてくださらないのなら」
その声に続き、ガタガタと何かを動かす音が聞こえた。
「私が、壊します!」
「リリーシュ…っ」
ルシフォールは慌てて扉を開く。目に飛び込んできたのは、小さな体で必死に椅子を持ち上げようとしているリリーシュの姿だった。
「止めろ!怪我をする」
「ルシフォール様、良かった…」
リリーシュが椅子から手を離すと、それはガタンと音を立てて倒れる。彼女はそんな事はお構いなしで、タタッとルシフォールの元へ駆けた。
そしてその勢いのまま、胸の中へと飛び込む。
「ごめんなさい」
「リリー、シュ」
「貴方にそんな事を言わせてしまって、ごめんなさい」
ルシフォールの時は一瞬止まったが、自身の腕の中でふるふると震える愛しい存在をすぐに力いっぱい抱き締めた。
ふわりと鼻をくすぐる彼女の匂いに、ルシフォールは泣いてしまいそうだった。