ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
お互いの鼓動が重なり合い、体温が溶け合う。恥ずかしくてどうしようもないのに、自分はずっとこうして彼の胸に飛び込みたかったのかもしれないと、リリーシュは思った。

「その…嫌では、ないか」

「…はい」

「そうか」

ルシフォールはそのまま、優しくリリーシュを抱き締める。触れたくて触れたくて、どうしようもなかった愛しい女性。今世界中で彼女の一番近くに居るのが自分だと思うと、堪らない気分になる。

「好き、です」

本当に小さな、震える声。リリーシュはこんな風に、応えて貰えるか分からない賭けの様なものをした事など、一度だってなかった。彼女の想いをルシフォールが拒絶する筈などないのだが、それでもリリーシュは怖かったのだ。

「私は貴方を、一人の男性としてお慕いしています」

「…リリーシュ」

「ルシフォール様」

彼の胸から顔を上げたリリーシュは、そのヘーゼルアッシュの瞳を困惑に揺らした。窓から差し込む月明かりに照らされた、まるで精巧に作られた人形の様に美しいルシフォールの顔。そのアイスブルーの瞳から、一筋の涙が零れ落ちていた。

「すまない、こんな情けない姿」

「いいえ」

ルシフォールの言葉を、リリーシュはきっぱりと否定する。

「とても愛おしいです」

彼の頬にそっと手を伸ばしたリリーシュは、ダイアモンドの様に輝くその涙を掬いとる。ルシフォールはされるがまま、ゆっくりと瞳を閉じた。

「リリーシュ。俺はお前を、心から愛している」

「ルシフォール様…」

「愛している」

ルシフォールは目を開けると、再びその愛しい存在を胸に抱き寄せる。遠慮がちに自分の腰元に両手を回し、頬を擦り寄せるリリーシュを心から可愛らしいと彼は思った。

リリーシュの気持ちが最優先であると、ルシフォールはずっと考えてきた。今まで自分本意に生きてきた分、彼女に対してはそんな風にしたくはないと。

しかし今こうして同じ気持ちを彼女から返されたルシフォールは、身体中が喜びに打ち震えていた。感情が溢れ出し、思わず涙を溢してしまう程に。

本当はずっと、愛されたかった。傍にいて欲しかった。触れて欲しかった。エリオットの元へ帰ってしまうのではと想像しただけで、死んでしまいたくなった。

今もまだ、これは願望が見せた都合の良い夢なのではないかと思ってしまう。彼女が自分を好いてくれるなど、あり得ないのではないかと。

ルシフォールはリリーシュの耳元に頬を寄せ、その温かさを肌で感じる。今まで幾度となく見てきた彼女の夢よりも、ずっとずっと幸せだった。

アッシュグレーの細い髪に口付けを落とせば、リリーシュが少しくすぐったそうに身を捩らせる。どんな仕草も愛しくて堪らなくて、ルシフォールはこのまま時が止まれば良いと、そんな馬鹿馬鹿しい事を本気で月に願った。
< 130 / 172 >

この作品をシェア

pagetop