ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
結局、リリーシュのおめかしは徒労に終わった。執務が立て込んでいるからという理由で、ルシフォールと夕食を共に出来なかったからだ。メニューは何ら変わりない筈なのに、部屋で一人摂る食事はやけに味気なかった。

(ルシフォール様は悪くないわ。執務なのだから仕方のない事だもの)

普段のリリーシュならば、それで終わり。落ち込んだところで意味はないし、うじうじと考え込むよりも諦めた方が楽だ。

しかし今日リリーシュは、ルルエやメイド達と一緒にどうしたら可愛く見えるのかを一生懸命に考えた。もしもルシフォールに“可愛い”と言ってもらえたならばと考えると、それだけで頬が熱くなった。

それだけにどうしても落胆してしまう。我ながらなんとも自分勝手な言い分だと、彼の部屋に繋がる扉を見つめながらリリーシュは溜息を吐いたのだった。

一方その頃、ルシフォールは議会を終え部屋へと帰り着いた。普段ならば執務室に隣接されている部屋で眠るのだが、リリーシュがこの宮殿へやって来てからというもの、どんなに忙しくとも自室へ帰る様にしていた。

特に今日は特に底冷えのする寒さで、ルシフォールはズキズキと痛むこめかみを親指で押さえながらカウチソファに深く腰を下ろす。

今日は散々な一日だった。エリオットからは宣戦布告紛いの事をされるし、リリーシュの顔を少しも見られなかった。それに心の中は、小さな棘が刺さった様にすっきりとしない。それは、エリオットから言われた台詞が引っかかっていたからだ。

ーーまるで身売りの様だと、良くない噂が立っておりますので

リリーシュの心に近付けた事に浮かれ、彼女が立たされている立場というものを鑑みていなかった。彼女が何の不満も口に出さないのを良い事に、正式な婚約も整わない内に自身の傍に囲った。それは自分が、リリーシュと共に居たかったから。結局自分本位のままである事に、ルシフォールは項垂れた。

最近腐ってばかりで、本当に情けない。あれだけ威張り散らしていたというのに、肝心な所では情けない。

「…リリーシュ」

いつのまにか、彼女の部屋へと続くこの扉を見なければ眠れなくなってしまった。開ける勇気などない癖に。

愛されなかった記憶のせいで愛される事を拒絶し続けてきたルシフォールは、感情表現が極端に下手くそなのだ。

シンと静まり返った部屋に、不意にコンコンというノックの音が響く。ルシフォールは思わず体をピクリと振るわせた。

「ルシフォール様、いらっしゃいますか?」

「…あぁ、居る」

リリーシュの声を聞いただけで、ルシフォールは息が出来ない。愛しいとは、実に厄介な感情だ。

「本日もお勤め本当にご苦労様でございました」

「あぁ」

「ほんの少しだけ、お声が聞きたかったのです。夜分に申し訳ございません」

「リリーシュ」

「はい」

「顔が見たい。ここを開けても良いだろうか」

「はい、良いです」

即答したリリーシュが、ルシフォールは愛しくて堪らなくなった。
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