ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
第十六章「前を向くには、辛過ぎる」
ーー

相変わらず両親からの便りがない事がリリーシュは心配だった。以前ティーパーティーでウィンシス夫妻に再会した際、手紙が意図的に届いていなかった事が判明したので、もしかしたらその可能性もあるが。

リリーシュはルルエに、実家の様子を見てきて欲しいと頼んだ。リリーシュがここを出るよりも、そちらの方が波風が立たないと踏んだからだ。

そんな訳で本日はルルエは不在なのだが、タイミングの悪い事に王妃陛下からティーパーティーの誘いが来た。返事はイエス以外にないので、執事にもそう伝える。本音を言うならば、あまり気乗りはしないが。

(王妃様が何をお考えなのか、いまいち分からないから怖いのよね)

あのティーパーティーの場にウィンシス夫妻だけでなくエリオットを呼んだのは、きっと自分の反応を見る為なのだろう。もしかすると、彼女はルシフォールが自分と結婚するのが嫌なのかもしれない。

しかし、そもそもこの婚約を持ちかけたのは王家であり、アンテヴェルディ家に拒否が出来ないことなど百も承知だった筈。という事は、何か他に意図があるのだろうか。

結局、幾ら考えても分からないのでリリーシュは考えるのをやめた。本来彼女は、流れに逆らわない性分なのだ。

「王妃陛下。本日はお招き頂き光栄でございます」

「いやね、堅苦しい挨拶は要らないわ。さぁどうぞ座って。今日は私が懇意にしているご婦人方だから、以前の様に気負いしなくて済む筈よ」

「はい、ありがとうございます」

(充分気負いします、王妃様)

リリーシュはそう思いながらもにこりと微笑み、丁寧にカテーシーをしてみせた。

王妃陛下は相変わらず美しく凛としていて、濡羽色の生地に金の刺繍が施されたドレスは、まるでルシフォールと初めて夕食を共にした日の彼の衣装を思い起こさせた。

(あの時は本当に傍若無人で失礼な人だと思ったのよね)

それがどうだ。今では手に触れるだけでその白くきめ細やかな肌を紅潮させるのだから、考えると面白い。

彼の事を思い出し思わず頬を緩めたリリーシュだったが、今誰の御前であるかを思い出し慌てて表情を引き締めたのだった。



「そうなの。だからわたくしはっきりとこう言って差し上げましたの。泥棒猫は猫なりに、四つ足であるいたらいかが?と」

「まぁ、なんて怖いのかしら」

「あら、当然ですわ。何の権限もない卑しい女が人の夫に手を出すなど、こちらの立場がありませんもの」

「そういえばこの間私こんな事を耳にしたのですけれど…」

「まぁまぁ!それはなんてこと!」

「…」

リリーシュは内心、とてもつまらなかった。いやつまらないというよりも、興味がないし会話にも入れない。王妃陛下を始めこの席に居るのは皆由緒正しき高位貴族のご婦人であるのに、会話の内容は城下町の井戸端で聞けるものと大差はない。

こういった噂話も時には己の身を助ける武器となり得る事もあると、頭では理解しているがとてもついていけない。今ここに居るのが自分ではなく母のラズラリーならば、それはそれは瞳を輝かせながら喜んだ事であろうが。

「そういえは私、アンテヴェルディ公爵家の方々はあのウィンシス公爵家と古くからの付き合いだと伺ったのですけれど」

いきなり自身に白羽の矢が立ち、リリーシュはティーカップを取り落としそうになった。

うっすら笑みを浮かべこちらを見るのは、マンチスタ伯爵夫人だ。確か彼女はとても顔が広く、社交界を牛耳っているご婦人の一人。王妃陛下とも長く付き合っていると聞いた事がある。

そんな自分とは正反対の女性から話を振られ、リリーシュは内心上手く受け答えが出来るかとても緊張していた。
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