ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
マンチスタ伯爵夫人は明らかに好奇的な目をしていた。そして他のご婦人達も。王妃陛下だけは優雅な所作でのんびりと紅茶を嗜んでいた。
(あぁ、私の苦手な場だわ)
正式な社交界デビューもまだ、お茶会にもあまり参加してこなかったリリーシュは、こういった女性特有のねっとりとした雰囲気が好きではなかった。気位の高い貴族であればある程暇を持て余し、他人の事情を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。
「はい、昔からウィンシス家の方々には大変良くして頂いておりました」
「流石オフィーリア様の生家でいらっしゃいますもの、私達とは格が違いますわ」
「そんな事はなくってよ。不出来な弟で恥ずかしいわ。私にとってはそこが可愛いのだけれど」
「甥であるエリオット様も、それは将来有望な美青年だとか。そんな方と仲が良かったなんて、リリーシュさんが羨ましいわぁ」
「本当に、私は恵まれておりました。そして今も、その幸運は続いております」
今自分に求められていたのは違う反応だと分かっていたが、リリーシュはわざとそんな言い方をする。案の定周囲はシンと静まり返ったが、オフィーリアの口元だけが愉快そうに弧を描いていた。
そんな空気の中で、突然一人の侍女がオフィーリアに何やら耳打ちをしてみせた。
「ごめんなさい。私少し席を外すわ。皆さんはどうぞお喋りしていらして?」
そう口にすると、彼女は優雅にドレスを翻しながらドローイング・ルームを出ていく。パタンと扉が閉まると同時に、再び貴婦人達のお喋りが再開された。
「ねぇリリーシュさん。貴女今ルシフォール殿下の宮殿で生活をしているというのは、本当なの?」
(やっぱり、彼女達の標的は私なのね)
内心溜息を吐きつつ、リリーシュは頷く。
「本当に驚きよね。まさかあのルシフォール殿下が女性を呼び寄せるなんて」
「一体どんな魔法を使ったのか、ぜひリリーシュさんに教えて頂きたいわ」
「魔法なんて、そんな…」
オフィーリアが不在中というのもあり、皆臆する事なくルシフォールの名を口にする。彼女達の笑顔が嘲笑のようにも見えるので、リリーシュは不快な気持ちになった。
「皆さんおよしなさいな。きっと殿下がリリーシュさんにアプローチしたのではなくて?貴女、あまり男性慣れしていない様に見えるもの」
マンチスタ伯爵夫人はゆったりとした所作で、音も立てずにティーカップをソーサーに置いた。
「私とルシフォール様は、お互いがそう望んで共に居るのです」
「あら、そうなの?私はてっきり殿下に逆らえなかったのかと思ったわ」
「…そんな事はあり得ません」
「だけどアンテヴェルディ公爵家は今大変なのでしょう?その為の婚約なのだから、リリーシュさんには意思表示をする権利がないわ」
(…なんなのかしら、こんな意地悪な言い方)
幾らオフィーリアが居ないとはいえ、今は王妃主催のお茶会の真っ最中。第三王子を貶す様な言い方をするなど許される事ではないと、リリーシュは憤慨する。
(…いいえ。貶されているのは彼ではないわ)
マンチスタの言葉を聞いた夫人達の視線は、明らかにアンテヴェルディ家を見下す様なものだった。公爵家の惨めな姿というのは、実に愉快なものなのだろう。
「勘違いしないで、リリーシュさん。私は貴女が心配なの。借金の所為で意に沿わない結婚をさせられるなんて、この先貴女がどんな目に遭わされるのかと」
「そんな言い方はあんまりです、マンチスタ伯爵夫人」
リリーシュは思わずキッと彼女を睨みつけるが、マンチスタは意にも介していない様子だった。
「ルシフォール殿下はとても有能でいらっしゃるけれど、大の女性嫌いで有名だしそれに…ねぇ?」
「リリーシュさんが不憫だわ」
「何をされても逆らえないんですもの」
「違います!私はルシフォール様を心からお慕いしているのです!」
リリーシュの反論を、マンチスタは鼻の先で一蹴した。
「お可哀想に。言わされているのね」
と。
(あぁ、私の苦手な場だわ)
正式な社交界デビューもまだ、お茶会にもあまり参加してこなかったリリーシュは、こういった女性特有のねっとりとした雰囲気が好きではなかった。気位の高い貴族であればある程暇を持て余し、他人の事情を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。
「はい、昔からウィンシス家の方々には大変良くして頂いておりました」
「流石オフィーリア様の生家でいらっしゃいますもの、私達とは格が違いますわ」
「そんな事はなくってよ。不出来な弟で恥ずかしいわ。私にとってはそこが可愛いのだけれど」
「甥であるエリオット様も、それは将来有望な美青年だとか。そんな方と仲が良かったなんて、リリーシュさんが羨ましいわぁ」
「本当に、私は恵まれておりました。そして今も、その幸運は続いております」
今自分に求められていたのは違う反応だと分かっていたが、リリーシュはわざとそんな言い方をする。案の定周囲はシンと静まり返ったが、オフィーリアの口元だけが愉快そうに弧を描いていた。
そんな空気の中で、突然一人の侍女がオフィーリアに何やら耳打ちをしてみせた。
「ごめんなさい。私少し席を外すわ。皆さんはどうぞお喋りしていらして?」
そう口にすると、彼女は優雅にドレスを翻しながらドローイング・ルームを出ていく。パタンと扉が閉まると同時に、再び貴婦人達のお喋りが再開された。
「ねぇリリーシュさん。貴女今ルシフォール殿下の宮殿で生活をしているというのは、本当なの?」
(やっぱり、彼女達の標的は私なのね)
内心溜息を吐きつつ、リリーシュは頷く。
「本当に驚きよね。まさかあのルシフォール殿下が女性を呼び寄せるなんて」
「一体どんな魔法を使ったのか、ぜひリリーシュさんに教えて頂きたいわ」
「魔法なんて、そんな…」
オフィーリアが不在中というのもあり、皆臆する事なくルシフォールの名を口にする。彼女達の笑顔が嘲笑のようにも見えるので、リリーシュは不快な気持ちになった。
「皆さんおよしなさいな。きっと殿下がリリーシュさんにアプローチしたのではなくて?貴女、あまり男性慣れしていない様に見えるもの」
マンチスタ伯爵夫人はゆったりとした所作で、音も立てずにティーカップをソーサーに置いた。
「私とルシフォール様は、お互いがそう望んで共に居るのです」
「あら、そうなの?私はてっきり殿下に逆らえなかったのかと思ったわ」
「…そんな事はあり得ません」
「だけどアンテヴェルディ公爵家は今大変なのでしょう?その為の婚約なのだから、リリーシュさんには意思表示をする権利がないわ」
(…なんなのかしら、こんな意地悪な言い方)
幾らオフィーリアが居ないとはいえ、今は王妃主催のお茶会の真っ最中。第三王子を貶す様な言い方をするなど許される事ではないと、リリーシュは憤慨する。
(…いいえ。貶されているのは彼ではないわ)
マンチスタの言葉を聞いた夫人達の視線は、明らかにアンテヴェルディ家を見下す様なものだった。公爵家の惨めな姿というのは、実に愉快なものなのだろう。
「勘違いしないで、リリーシュさん。私は貴女が心配なの。借金の所為で意に沿わない結婚をさせられるなんて、この先貴女がどんな目に遭わされるのかと」
「そんな言い方はあんまりです、マンチスタ伯爵夫人」
リリーシュは思わずキッと彼女を睨みつけるが、マンチスタは意にも介していない様子だった。
「ルシフォール殿下はとても有能でいらっしゃるけれど、大の女性嫌いで有名だしそれに…ねぇ?」
「リリーシュさんが不憫だわ」
「何をされても逆らえないんですもの」
「違います!私はルシフォール様を心からお慕いしているのです!」
リリーシュの反論を、マンチスタは鼻の先で一蹴した。
「お可哀想に。言わされているのね」
と。