ことなかれ主義令嬢は、男色家と噂される冷徹王子の溺愛に気付かない。
いつもならば、こういった時リリーシュは必ずエリオットに相談していた。ラズラリーの暴走は今に始まったことではなく、彼女のせいで鉱山を手放しそうになったことも何度もあった。幾らアンテヴェルディ家といえども、資産は無限ではない。

リリーシュ自身は、贅沢な暮らしには然程興味も執着もなかった。アンテヴェルディの領民達の暮らしが保証されるのならば、別に領主はうちでなくとも構わない。

そんな事態になれば流石のワトソンもウィンシス家に相談するだろうし、そうなれば彼らは必ず正しい道を示してくれると彼女は心から信頼していた。

ただ一つ、アンテヴェルディ家が今の地位でなくなってしまえば今のようにエリオットやウィンシス家と気軽に付き合うことはできなくなる。それだけは悲しいと、リリーシュは思った。

「お母様。一度、ウィンシス公爵夫人に相談されてみてはいかがでしょう。あの方ならきっと、良い助言をくださいます」

「あら、どうして?もう旦那様からの許可は得ているのに」

「ウィンシス家は、由緒正しい血筋の公爵家です。もしも彼女がお母様のデザインを気に入ってくだされば、きっとお客様の幅は広がります」

ここでウィンシス公爵夫人の名前を出したことを、リリーシュは心の中で謝罪した。

今リリーシュが真っ向からラズラリーを否定すれば、きっと彼女は益々意地になってしまうだろう。そういう性分であると、リリーシュは嫌というほど理解している。

いやでも、ウィンシス公爵夫人に相談することで彼女まで巻き込んでしまうような事態は避けたい。やっぱり、失言だっただろうか。

頭の中でうんうん唸っているリリーシュを見て、ラズラリーはムッと眉間に皺を寄せた。

以前からリリーシュが、ウィンシス公爵夫人を慕っていたことは知っている。だがこんな時にまで彼女の名前を出さなくても良いじゃないかと、ラズラリーは思いきり気分を害してしまった。

どうやらリリーシュは、まだラズラリーの性分を完璧には理解できていなかったようだ。リリーシュが思うよりもずっと、彼女は子供だったのだ。

「とにかく、これはもう決まったことなの。リリーシュならきっと喜んでくれると思ったのに、私はとっても悲しいわ」

「違いますお母様、私は何も反対している訳ではないのです。ただもう少し慎重に、スーザナシア王国のことやその豪商の方をお調べになってからでも遅くはないと」

「まぁリリーシュ、失礼なことを言ってはだめよ。彼はもう何度もスーザナシア王国に足を運んで、最先端の流行を常に学んでいると言っていたわ。そんな彼が大丈夫とおっしゃっているのだから、心配することは何もないのよ」

「お母様…」

(あぁ、エリオット。私今とても貴方に会いたいわ)

それは、すぐにでもこの事態を知らせて彼の意見を仰ぎたいから。リリーシュは、そう思っていた。昔から自分が、不安になると必ずエリオットの顔を思い浮かべてしまう癖があることを、彼女は気付いていなかったのだ。
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